深夜の駅。
一人の男、健太は終電を逃し、薄暗いホームでひとり佇んでいた。
周囲は静まり返り、ただ風が吹くだけの静寂。
どこか不気味な雰囲気に包まれ、彼は不安な気持ちでいっぱいだった。
健太が駅のベンチに座ると、ふと目の前の二つの線路が彼の視線を引き寄せた。
駅の記憶を探るように彼は線路を見つめた。
すると、急に背後から視線を感じ、振り向くと、誰もいない。
ただの無機質な壁があるだけだった。
健太は自分の心臓が高鳴るのを感じ、自分が感じていた不安を否定しようとしたが、どうしても無視できない何かがその場に存在していることを感じていた。
その時、駅の発車ベルが鳴り響いた。
だが、健太の目の前には誰も駅に向かって走ってくる様子もなく、ただ静かな闇が広がっていた。
彼は心拍数が上がり、また線路の方を見つめた。
その瞬間、彼の耳に不確かな声が届いた。
「行け、行け……」
驚いた健太は再び振り向くが、誰もいない。
ただ冷たい風が彼の頬を撫でるだけだった。
しかし、その声は健太の心に深く残った。
彼の好奇心が勝り、その声の主を探ろうと決心した。
もう一度線路に目を向けると、そこには一筋の影が見えた。
影はまるで生きているかのように動き、そのまま線路の向こう側へと消えていった。
迷いながらも、健太は影を追いかけることにした。
しかし、線路に足を踏み入れた瞬間、何かが彼の足元に絡みついた。
それは見えない力で健太を引き止め、恐怖が全身を包んだ。
さすがにヤバいと思った瞬間、健太は振り返り、駅の出口へと全力で走り出した。
しかし、すぐに背後から声が響いた。
「逃がさない、逃がさない……」その声は徐々に大きくなり、健太の恐怖心を増幅させる。
健太は恐怖に駆け逃げるが、出口はまるで遠くなっているように感じられた。
物理法則が狂っているかのように、彼はまるで同じ場所を繰り返し駆け回っているかのようだった。
次第に息が上がり、健太の視界は揺らぎ始めた。
恐る恐る振り返ると、背後には、見えない影だけではなく、一人の女性の姿が見えた。
その顔は無表情で、ただ無機質に彼を見つめている。
彼女の目は深い闇の中に吸い込まれそうなほど黒く、彼女の存在が健太の心に恐怖を植え付けた。
「ここにいてはいけない、早く行け……」彼女の声は冷たく、まるで命令のようだった。
だが、健太の身体は言うことをきかず、まるで石のように動けなかった。
彼女の指先がゆっくりと伸びてくると、彼は全身に恐怖が駆け巡り、逃げ出すことしか考えられなくなった。
焦る健太は、今度こそ出口へ向かって全力で駆け出した。
出口が見えた時、彼はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、彼がその出口に辿り着くと、急に周囲の空気が締まり、駅全体が異様な緊張感で覆われた。
無情にも夜の静寂に包まれてしまい、彼の行く手を阻むように影が立ちはだかる。
「逃げてはいけない、ここはあなたの場所だから…。」
その声が再び響いた。
健太はもはや反応できず、ただその場で立ち尽くすことしか出来なかった。
彼の意識が薄れていく中で、存在しないはずの恐怖が彼の心を支配し、終わりの見えない夜が、健太を深い闇の中へと引き込んでいった。
駅の灯りが完全に消え、彼の背後にいた女性の姿もまた、永遠に消え去ってしまった。
健太の姿は駅の記憶から消え、次の夜を待つ影として語り継がれることとなった。