古びた山あいの村には、誰もが「隠れ宿」と呼ぶ宿泊施設が存在していた。
その場所は、長い間、利用者の姿を消す場所として恐れられていた。
宿は年月と共に朽ち、今では人々が近寄ることも稀であったが、大学時代の友人である健太と美咲は、その謎を解明するため、訪れることに決めた。
ある秋の夜、二人は宿に到着した。
宿は外観が古びていて、薄暗い木の扉が風でギシギシと音を立てていた。
ドキドキした気持ちで扉を押し開けると、宿の中は驚くほど静まり返っており、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。
明かりも点いておらず、薄暗いランプが一つだけ、かすかに形を浮かび上がらせていた。
「本当に、こんな所に泊まるの?」と美咲が不安そうに尋ねる。
健太は肩をすくめ、「でも、噂の真相を確かめるためにはここしかないから」と言って彼女を励ました。
その晩、彼らは部屋に寝転がり、話を続けたが、次第に眠気が襲ってきた。
深い眠りに落ちた彼らは、夢の中で奇妙な体験をすることになった。
夢の中で健太は、宿の外から声が聞こえた。
誰かが「助けて…」と泣いているように聞こえた。
目を覚ました健太は、隣で寝ている美咲の顔が青ざめているのを見つけた。
「美咲、どうしたんだ?」と健太が声をかけると、彼女は驚いたように目を開けた。
「私も聞こえた。女の声が…助けてって。」
彼らは互いに目を合わせ、不安に満ちた表情で部屋を出た。
声のする方へ進むと、廊下の奥にある古いドアの前にたどり着いた。
ドアは僅かに開いていて、彼らは恐る恐る中に入った。
そこは薄暗い部屋で、真ん中には古いベッドが置かれ、壁には複雑な模様が描かれていた。
「この部屋、どこかおかしい…」健太が呟くと、突然、ドアが勝手に閉まり、彼らは中に閉じ込められてしまった。
恐怖に震える美咲は、健太にしがみついた。
「助けて、どうにかして!」
焦る二人の耳に、再び女の声が響いた。
「約束を、お待ちしています…」声はどこからともなく聞こえてきたが、明確に彼らの心に届いていた。
その瞬間、健太は閃いた。
この宿には、かつて一人の少女が消えてしまったという噂があったことを思い出した。
「もしかして、彼女はここにいるのか?」健太は言い、周囲を見渡した。
すると、ベッドの影から、一人の少女が姿を現した。
彼女は長い髪を持ち、悲しげな表情を浮かべていた。
「私を、助けて…」
「あなたは誰?」美咲が恐る恐る尋ねると、少女は「真由美。約束を守れなかったから、ここにいるの…」と答えた。
ショックを受けた二人は、彼女が消えた理由を知りたいと思った。
「待っている人がいるのですか?」健太が問いかけると、真由美は黙って頷いた。
「ずっと、ここで待っていた。でも、約束したのに、来てくれなかった…」
健太は心を決めた。
「約束した人は、今どうしているの?」少女は言葉を失い、遠くを見つめるように黙った。
健太は彼女に向かって言う。
「私たちが助けてあげる。約束した人を探そう!」
二人は真由美の手を取り、共に宿を脱出する方法を模索した。
彼らは、廊下の先にある未開の部屋を目指した。
重い扉を開けると、そこには過去の様々な財宝や、失われた思い出が詰め込まれていた。
「もしかしたら、ここに彼女の思いがあるのかもしれない」と美咲が言った。
その言葉に、真由美は期待の眼差しを向けた。
彼女の手を引き、二人は一つ一つの物を調べ始めた。
そして、ついに古いアルバムを見つけた。
そこには真由美と彼女の家族の写真が多数収められていた。
彼女はその瞬間、自分の存在を思い出し、涙を流した。
「私…家族を忘れていた…」
「思い出して、真由美。もう一度、彼らと会えるはずだ」と健太は励ました。
彼女は深く頷き、徐々にその表情に安心感が浮かんできた。
そして、大きな決心を持って彼らに告げた。
「一緒に、私を連れて行って。もう待たない…」
その瞬間、宿の空気が一変し、周囲が光に満ちていく。
彼らは一歩前進し、夢見た未来へ向かって走り出した。
宿は静寂に包まれ、真由美はついに約束を果たすために旅立った。
夜が明けると、美咲と健太は宿の外に立っていた。
心の中に温かな光を抱えながら、彼らは新たな旅路を歩み始めた。