「約束された迷い道」

静かな夜道を歩く一人の少年、健太は、これからの新生活に期待を抱きながら、ちょっとした冒険気分で家路を急いでいた。
近くにある山道は、彼が小さい頃から何度も通った場所だったが、深夜には人影もなく、月の光に照らされた道は異様に静まり返っている。
発表会を終えた帰り道、早く帰りたい気持ちとは裏腹に、彼の心は少しの不安に包まれていた。

その夜、彼が歩く道には過去の記憶が埋もれていた。
友達と遊んだり、家族と出かけたりした思い出。
しかし、今となってはその場面が鮮明に思い出せることは少なかった。
かつての活気はなく、ただ静かな道だけが残っている。
心に浮かんだ懐かしさを振り払いながら、健太は足を前に進めた。

胸に秘めた不安を感じつつ、健太はその道を進むと、不意にひんやりとした風が彼の背後を吹き抜けた。
目を瞬かせて振り返るも、誰も見えない。
再び前を向くと、足元に何かがあった。
小さな石ころだと思い込んで踏み外すと、突然、後ろから「健太」と呼ぶ声が耳に響く。
振り返ったが、視界の端に見えたのは先ほどの静けさとは違う、緊迫した空気だった。

「誰だ!? 誰が呼んだんだ?」と健太は思わず叫んだ。
しかし、相手の姿は見当たらない。
冷たい夜風が再び彼を包む。
「私はここにいる、助けて」と、再びか細い声が響く。
声の正体を探ろうと、健太は呼びかけに応じた。
「あなたはどこにいるんだ?」

すると、薄暗がりの中から一瞬、白い影が視界に差し込んだ。
それは誰かの姿に見えたが、すぐに消えてしまった。
驚きと恐怖が瞬時に交錯し、彼の胸は高鳴る。
思わずその場を後にしようと足を運びかけたが、無意識のうちにその声に引き寄せられていた。
開きかけた心に何かが忍び寄ってくるようだった。

「来ないで、私は迷ってしまったの……」声が再び響く。
「誰かに伝えたい。私がここにいることを、そして、ここから出して欲しい」と、その言葉が健太の心に深く刻まれ、彼はその場から動けなくなってしまった。

健太の頭の中で「承知した。誰かのために、勇気を持って進まなければ」という思いが芽生え始める。
彼は目の前の道を見つめ、意を決した。
ゆっくりと声の方向に向かい進み始めた。
暗闇の中、彼は一歩一歩、声の主に近づいていく。
「あなたは誰なの?」と問いかけると、返ってきたのは「私の名前は美沙。私を助けて」と、さらに薄れゆく声だった。

美沙という名前は、彼の心に何かを塗り込めた。
かつて彼が忘れていた少女の名。
近づくごとに冷たい空気が彼の背中を抑えつけ、体が重くなる。
「私はここから出たい。ただ、それだけなの」と、美沙の声が次第に彼の心を牢獄に閉じ込めていく。

ついに健太は目の前に現れた小道の先に白い影を見つけた。
かつて友達と遊んだ帰り道。
美沙の姿は不確かで、彼は彼女の存在がどこか自分と重なっていることを感じた。
「一緒にいて、私を忘れないで」とその影が喋りかける。
「私には、隠された秘密がある……」その言葉に時が止まった。

心の奥底で美沙を助けたいという衝動が募るが、同時に健太の心に恐怖が忍び寄る。
「それは、あなたの記憶に取り憑くということでは?」彼は思い悩んだ。
しかし、答えは返ってこなかった。
白い影が近づく際に、彼の心の中に入り込んで来るように感じる。

恐れを押し殺しながらも、健太はついにその影を抱きしめた。
「大丈夫、私はあなたを助ける」と何度も繰り返すうち、彼の心は痛みで満たされ、彼自身も消えてしまいそうだった。

その瞬間、道が崩れ、彼は闇に引き込まれていった。
彼が助けようとした美沙の記憶に、彼自身も取り込まれてしまったのだった。
暗闇の中、彼らは永遠にその道を共に歩むことになった。

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