松本裕也は、大学のサークル仲間と共に、長い間放置された廃棄学校を訪れることになった。
噂では、この学校には「笑う影」が現れるという言い伝えがあった。
裕也たちは興味本位でその話を真に受け、夜遅くに学校の中に入ることに決めた。
廃校は真っ暗で、異様な静けさが漂っていた。
彼らは懐中電灯を手に、一つ残された教室の中へ入って行った。
中古の机や椅子が不気味に並べられ、黒板には時間を忘れさせるかのように、白い埃がうっすらとかかっていた。
裕也は不安を感じながらも仲間たちと一緒に、どこか興奮していた。
「ああ、これが噂の教室か…」仲間の一人が言った。
この学校にまつわる不気味な話は、彼らの会話の中心となり、その中には何度も「笑う影」が出てきた。
裕也はその名前を口にすると、何故かしら気持ちが悪くなった。
笑う影に遭遇することなどあり得ないと思ってはいたが、どこか期待と恐れが混ざり合っていた。
突然、教室の中に微かな音がして、全員が一斉にそちらを向いた。
それは誰もが知るような、低い笑い声だった。
裕也は心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「これ、録音してるんじゃない?」と仲間の一人が言ったが、それ以上の気配を感じることはできなかった。
裕也は不自然な静けさの中で、その声が彼の脳の中に刻み込まれていくのを感じた。
夜が深まるにつれて、周囲はより一層不気味な雰囲気に包まれていった。
傍らの窓から月の光が差し込み、その明かりの中に何かが見えたような気がした。
「何かいる」と裕也が言うと、他の仲間たちは一瞬身を引いたが、好奇心が勝り、彼らは囲んで窓の外を覗き込んだ。
そこで目にしたのは、ずっと離れた場所にある体育館の方に立つ、人影だった。
彼女の姿はぼやけていて、だがどこか楽し気な様子で微笑んでいた。
裕也はその瞬間、信じられないほどの恐怖を感じ、「行こう」と強く言ったが、誰も聞く耳を持たなかった。
「おい、待てよ…」仲間の一人が、見えない何かに惹かれるかのように動き出した。
「笑う影に会いに行こうぜ!」みんなの目は輝き始め、瞬く間にその意志が伝播していった。
裕也は焦り始めた。
自分も別の何かに取り憑かれたように、その場から動けなくなっていた。
体育館に近づくと、笑い声がより大きくなり、その影はますますはっきりと浮かび上がってきた。
裕也は心の中で叫んでいた。
「これが本当に実体験になるなんて…」彼の中で冷静さが崩れ始めた時、彼女の声が直接心に響いてきた。
「さあ、あなたも一緒に笑いましょう。」
その言葉を聞いた瞬間、裕也は恐怖と驚きの表情を浮かべた。
「一緒に笑う?」周囲の仲間が立ちすくんでいるのを尻目に、裕也は強く心の中で叫んだ。
彼は自分の意志を取戻し、仲間たちを引き連れ、その場から逃げ出した。
しかし、急いで戻ろうとしても、無情にも同じ道を何度も往復してしまい、その度に笑い声は強くなるばかりだった。
「帰れない、私たちが待っている」とその声が虚空から響き、裕也は恐れていたことが現実になりつつあることを知った。
彼らは次第に心を蝕まれ、全員が笑い始めた。
裕也は自分の感情がトランス状態になったことを感じながらも、彼女の微笑みが、自身を包み込む暗黒であることに気づいた。
そして、その中で仲間たちの表情も変わっていくのを見つめた。
裕也はその瞬間、自分の中に潜む恐怖を理解した。
それは、笑い声が彼の意思を奪い、祝福されたような狂気をもたらしていたのだ。
彼はその場を脱しようとしたが、影は彼を優しく包み込み、時間が止まったかのようにその場に留まることとなった。
「さあ、もう一緒に笑いましょう」と彼女の声が響く中、裕也は永遠にその影の中に溶け込むことになった。
仲間たちの声も彼の耳に残り、彼は思う。
「記憶は失われ、楽しい笑い声だけが残ったのだ」と。