静かな田舎の村、山に囲まれたその場所には、一軒の古びた家があった。
その家は長い間人の手が入っておらず、周囲の自然に飲み込まれるように存在していた。
村人たちはその家を「間」と呼んで怖れ、近づこうとしなかった。
ある日、都会から引越してきた若者、たかしは、その家に興味を抱いた。
周りの人々が避ける理由が知りたくて、彼は思い切って家の中を探検することにした。
「怖い話なんて、そんなの信じるわけがない」と彼は自分に言い聞かせ、古びた門を押し開けた。
中に入ると、時間が止まったように静まり返った空間が広がっていた。
たかしは家の中を進むにつれ、特に気になる部屋があった。
それは窓のある小さな部屋で、外の風景が少しだけ見えるようになっていた。
不気味な雰囲気を感じながらも、たかしはその窓に近づいた。
そして、何気なく外を眺めると、その瞬間、不思議な現象が起こった。
窓の向こうに、一人の女性の姿が映っていた。
彼女は白い服を着ており、長い黒髪をゆらりと揺らしながら、たかしをじっと見ていた。
その目には何か不安を秘めたような、またどこか懐かしさも感じられた。
彼女はただ静かにそこにいるだけだったが、たかしの心には不気味な不快感が広がっていく。
「おい、誰だ?」たかしは思わず大声で叫んだ。
しかし、彼女は微動だにせず、ただ彼を見つめ返すだけだった。
その瞬間、ふとした風が吹き込み、窓がギシギシと音を立てて揺れた。
たかしは恐怖に身をすくめたが、好奇心が勝って彼女へと歩み寄った。
「お前はどこから来た?」と尋ねると、彼女の瞳が一層深くなり、口を開かないまま、ゆっくりと手を差し伸べてきた。
その手は冷たく、まるで氷のようだった。
彼はその手に触れようとした瞬間、周囲の空気が変わり、不明な力が彼を押し返した。
その時、たかしは窓の向こう側の風景が変わっていることに気づいた。
彼の目の前にあったはずの光景が、次第に朧げに変わり、暗い霧に包まれていった。
彼は慌てて後ずさり、急いでその部屋から逃げ出そうとしたが、どの方向へ進んでも、何も見つからない。
まるで彼を捕まえようとしているかのように、その家の中は次第に絡まり始めたのだ。
混乱の中、ふと彼は窓に視線を戻した。
そこにはまだ女性が立っているが、彼女の表情はどんどん無表情になり、まるで何かを待っているかのような雰囲気を漂わせていた。
「解らないままでいいのか?未だ見たことのないものを、見る勇気がないのか?」そんな声が耳の奥に響いてきた。
その声が一瞬不気味なものであると思ったが、心のどこかで彼女が何かを求めていることに気づいた。
少しずつその恐怖が和らいでいく中、たかしは彼女の手に触れてみることを決意した。
彼は再び前に進み、ゆっくりと窓に近づいた。
彼女の手を取った瞬間、視界が開けた。
たかしが住んでいた家が、すべての謎を解いてくれるように、彼の心に静けさが戻った。
その女性は、家の記憶そのものであることに気づいたのだった。
彼女はこの場所に縛られており、彼に語りかけてきたのだ。
「私は、あなたに未練を残してしまったのです。この家の記憶を、私から解放してくれるのなら…」彼女の声はどこか耳に残る響きを持っていた。
たかしは彼女にうなずき、彼女の存在を受け入れることにした。
彼の心に流れる恐れが次第に消えていった。
彼女はまるで安堵したかのように微笑んだ。
そして、彼はその瞬間、彼女をこの家から解放することを誓った。
彼自身の心もまた、解き放たれたように感じた。
しかし、全てが終わったわけではない。
たかしがその後、この家を後にした時、自動的に振り返ることはなかった。
また、彼が生き続けている限り、彼の心にはあの女性がずっと寄り添っているかのように思えた。
ただ、彼女のことを忘れはしないだろう。