れ、と言う古びた温泉宿。
北海道の山奥にひっそりと佇むこの宿は、昔から「禁断の宿」として知られていた。
宿の奥にある、立ち入りを禁じられた部屋には不思議な噂が絶えず、宿泊客は皆、一度はその存在を意識する。
現に、昨年ここで宿泊した一組のカップルが翌朝、姿を消す事件があった。
真実は謎に包まれ、宿はさらなる訪問客を受け入れていた。
主人公の健司は、友人たちと共にこの宿に遊びに来ることにした。
彼らは普段の忙しい日常から解放されるため、非日常的な雰囲気を求めていた。
何も知らないまま宿に到着した彼らは、天井の高い大広間や、静まり返った廊下を歩きながら心躍る期待感を抱いていた。
しかし、宿の雰囲気にはどこか重苦しさが感じられていた。
夜になると、友人たちは宿の中を探索することにした。
「禁断の部屋」のことも耳にしていたが、怖がることはなかった。
若者たちは自信に満ちており、ただ好奇心だけが先を急がせた。
案内されたように、禁断の部屋を目指して進んでいく。
途中、彼らはさまざまな古い道具や、薄暗い壁にかかる写真に目を奪われた。
それらは宿の創業当時の様子を映し出していたが、何故だかすべての顔がぼやけているように感じた。
奇妙な違和感に包まれた健司は、友人たちの笑い声が背後で消えていくのを感じた。
ついに禁断の部屋の前にたどり着いた健司。
彼はドアを押し開け、その中に入ってみた。
部屋の中には、古びた家具や何かの道具が無造作に置かれていた。
特に目を引いたのは、真っ黒な鏡だった。
鏡に映る自分の姿は、どこかいつもと異なるように感じた。
視界の隅に、暗い影が何かを囁いているかのような気配がした。
驚いた健司は部屋を出ようとしたが、その時、冷たい風が背中を押し、ドアが勝手に閉まった。
動揺した彼は、身動きが取れずにその場に立ち尽くした。
急に周囲の温度が下がり、霧のようなものが立ち込めてきた。
彼は叫ぼうとしたが、声が喉に詰まる。
その時、彼の目の前に現れたのは、かつてこの宿で亡くなったとされる女性の姿だった。
彼女は美しかったが、同時にその顔には悲しみが漂い、彼に向かって手を伸ばしてきた。
その瞬間、健司は彼女の壮絶な過去を感じ取った。
彼女はかつて宿の主人の愛人であり、彼女が嫉妬に駆られて命を落としたという、誰も語らなかった真実が浮かんできた。
急に健司の頭に浮かんだのは、友人たちの声だった。
「健司、早く戻ってこい!」という叫びが遠くから聞こえた。
健司は女性の目を見つめ返し、彼女が求めていたものが何なのかを理解しようとした。
しかし、彼女はそれを教えてはくれなかった。
求めていたのは、何かの連鎖から解放されること。
しかし、そのためにはさらに多くの犠牲を必要とした。
ありもしない恐怖に囚われながら健司は、彼女の手を振り切り、必死にドアを開けようとした。
だが、ドアはびくとも動かない。
その際、健司はふと彼女の目の中に見た何かが、自分の心の奥に強く響くような気がした。
「解放して…」彼女の声が健司の耳元で囁いた瞬間、彼の目の前の鏡の中に、友人たちの姿が見えた。
彼らもまた、同じ苦しみに巻き込まれていた。
健司は無我夢中でドアを叩き、仲間の元へ戻りたかった。
ついに力を込めてドアを開けると、廊下は薄暗く、友人たちが心配そうに集まり、彼を心配していた。
「大丈夫だったのか?」と一人が声をかけてきた。
その瞬間、健司の心の奥で危機感が広がり、目の前の景色がいつの間にか変わっていたことに気付く。
宿の雰囲気は一変し、まるで何者かが彼らを見張っているかのような気配を感じた。
その後、健司は決してこの宿を再訪することはなかった。
しかし、彼が見た「禁断の部屋」での映像は、拭い去ることができない記憶となり、心に深い傷を残すことになった。
そして、その宿は、過去を背負う者たちの哀しい宿命を今もなお抱えているのだった。