「禁忌の鏡」

ある人里離れた山奥に位置する村があった。
村の名前は「月影村」といい、夕暮れ時には金色の光が村を包み、まるで夢の中にいるような感覚を人々に与えていた。
しかし、この村には一つの禁忌があった。
それは「誰にも触れてはならない」というものだった。

村の若者、健太はその禁忌を知らなかった。
彼は外の世界から村へ越してきたばかりで、村人たちの言う「誰」とは何なのか、全く理解していなかった。
村の人々は彼に対して冷ややかで、何かを隠しているようだった。

ある晩、健太は村の外へ散歩に出た。
月明かりが照らす中、彼は不気味な古びた神社にたどり着いた。
その神社には、いかなる神様も祀られていないように見えたが、どこか不思議な魅力を感じた。
このまま帰るのが惜しいと思い、神社の奥へ進むことにした。

その時、彼の耳に「助けて」と耳元でささやく声が聞こえた。
驚いた健太は周囲を見回し、声の主を探した。
しかし、誰もいない。
気のせいだろうと思い直し、神社の奥に進み続けた。
その瞬間、目の前にひときわ目立つ小さな鏡が現れた。

鏡の中には、見知らぬ少女が映っていた。
彼女の名は「里奈」と言った。
健太は彼女に魅了され、何とか話をしようとしたが、彼女はただうなずくばかりだった。
彼女が何を求めているのか、全く理解できなかった。

次第に健太は、鏡の中の里奈との交流に心酔していった。
彼は毎晩神社を訪れ、里奈と話すのを楽しみにしていた。
しかし、彼女の表情は徐々に暗くなり、そして時折彼を恐れるような視線を送ることもあった。

ある日、村の老人から「誰」の話を聞くことになった。
老人は重い口を開き、村には「誰」と呼ばれる存在がいると告げた。
その正体は、村の禁忌であり、誰もその存在に触れてはならない。
もし触れれば、そこから解放されることはないというのだ。
その言葉に健太はぞっとした。

彼は急いで神社に戻った。
無意識に自分が里奈に惹かれていることを理解しつつも、彼女を解放しなければならないと決意した。
鏡の前で、健太は「里奈、君を解放したい」と叫んだ。
すると鏡が震え、里奈の表情が一瞬明るくなる。

しかし、次の瞬間、彼女の姿が歪み、健太の心を強く掴み取るような感覚が走った。
「触れてはならない」と老人の言葉が頭に響く。
彼は恐怖に襲われ、鏡から手を引こうとするが、まるで束縛されているかのように動けなかった。

「私は解放されるのよ」と里奈の声が響く。
その瞬間、健太の目の前に黒い影が浮かび上がった。
影は一瞬で彼に襲いかかり、彼の身体を貫通した。
彼は声を上げようとしたが、喉が閉まって何も言えない。

そして、健太はそのまま村に戻った。
しかし、彼の目にはかつての温かさは失われていた。
村人たちは日常を送っていたが、健太は「誰」と呼ばれる存在の一部となってしまっていた。
里奈の姿はなくなってしまったが、彼女の声は彼の心の中で響き続けた。

それからというもの、村には新たな伝説が生まれた。
「誰に触れる者は、やがて同じ運命を辿る」と語り継がれるようになり、村人たちは再び「誰」に対する恐怖を抱くこととなった。
その禁忌が、村の運命を永遠に変えてしまったのだ。

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