「禁忌の鏡」

ある夜、村の外れにある廃れた神社で、不思議な現象が起きていた。
村人たちはその神社を恐れ、近寄ることはなかった。
霧が立ち込めるその場所には、古い木々が生い茂り、月明かりはほとんど届かない。
その神社には、昔、悪しき存在に縛られたという伝説がある。
人々はその場所を「禁忌の神社」と呼んでいた。

ある夏の晩、若い女性、由美はその禁忌の神社へと足を運ぶことにした。
彼女は赤いリボンの結び目が印象的な、白いブラウスを着た美しい女の子だった。
由美は小さい頃から村の伝説を耳にしており、それに興味を持っていた。
そして、いつしかその場所に自ら行って確かめたくなった。

神社に向かうための小道は暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。
由美は心臓が高鳴るのを感じながらも、意を決して一歩一歩進んで行く。
そこには緊張感が満ちていたが、彼女は好奇心が優っていた。

神社に到着すると、古い木の扉が静かに開いて中へと入った。
薄暗い室内には、ほこりが積もっており、何年も誰も訪れていないことを教えていた。
祭壇の上には、大きな鏡が置かれていた。
その鏡には、何かが映し出されるという噂があった。
村人たちは、それを見た者には不幸が訪れると恐れ、近寄ることすら避けていた。

由美はその鏡に興味を惹かれ、ゆっくりと近づいた。
その瞬間、鏡の中に見慣れない別の世界が広がっているのを見つけた。
そこには彼女自身が映っているが、周囲の景色は全く違っていた。
色の無い世界、薄暗く陰鬱な空気を漂わせるその風景に、由美は吸い込まれるように惹かれ込まれていく。

手を伸ばした瞬間、由美は強い力で引き寄せられる感触を覚えた。
彼女の目の前には、あたかも彼女自身のような姿をしたもう一人の由美が現れた。
だが、その目は虚ろで、どこか悲しげだった。

「失ってしまったもの、あなたに返してあげる」と彼女はささやいた。

由美は恐れを感じた。
何が彼女に返されるというのだろう。
そしてそれは、何か大切なものを失うことに繋がるのではないかと直感した。
彼女は一歩後退りながら、必死にその場から逃げ出そうとした。
しかし、鏡は彼女を離そうとはしなかった。

「失う勇気がなければ、あなたはこの世界から出られない」ともう一人の由美は言った。
彼女の声は、まるで周囲の空気を震わせるように響いていた。

由美は心の中で葛藤した。
何を失うというのか、それは自分の一部なのか、それとも自らが知らない何かを失うのか。
だが、逃げてしまえば、これが本当の自己であるか、ただの影であるかがわからないまま終わってしまう。

考えあぐねていると、いつのまにか周囲の光景が変わり始めた。
月明かりが差し込み、霧が薄れ、神社がもつ不気味さが薄れていく。
そして、もう一人の由美の表情も、少しずつ明るくなっていった。

「私は、あなたの一部だから…私を失うことは、あなた自身を失うことではない」と語りかけた。

由美は、その言葉に少しずつ安心感を覚え、鏡に手をかざした。
心の中で過去の記憶や、不安、恐れを受け入れ、そして解放する決意を固めた。

その瞬間、目の前の鏡が光り輝き、まるで彼女を祝福するかのように輝けた。
由美は呼吸が楽になり、以前よりも軽やかな気持ちになった。
そして、もう一人の由美は微笑みながら消えていった。

目を閉じて深呼吸をすると、由美は再び神社の静けさに包まれていることに気づいた。
もはや不気味な雰囲気は消え、彼女の心には開放感が満ちていた。
彼女は神社を後にし、これからの人生をもう一度歩き直す決意をした。

一歩一歩、彼女は村へと戻り、古びた神社の影が背後にゆっくりと消えていくのを感じながら……。

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