静かな町の片隅にある古びた家。
その家には、一枚の大きな鏡が飾られていた。
誰もがその鏡を見ては不気味に感じると同時に、不思議な引力に引き寄せられるようだった。
家の住人であった佐藤家の人々は、次第にその鏡と何かしらの奇妙な関係を持つようになった。
その家に若い女性、彩が引っ越してきたのは、そんな時期だった。
彼女は一人暮らしを始めることに胸を躍らせる一方で、周囲に漂う不穏な空気に心をザワつかせていた。
特に、あの鏡について誰も口にしなかったことが心にひっかかる。
好奇心が彼女を駆り立て、必然的にその鏡に近づくことになった。
ある晩、時間を忘れるほど忙しかった彩は、鏡の中で自分の姿を見つめていた。
ふと、鏡に映る自分の目が、いつもとは違う何かを訴えかけているように感じた。
じっと見つめると、目が微かに揺れているように見え、まるで誰かが自らの眼でこちらを見返しているようだった。
驚きを覚えた彩は、悪寒が背筋を走るのを感じた。
何日かが経ち、彩はその現象を無視することにした。
しかし、夜になると、ふと見かける鏡が怨念のような目を彼女に向けてきた。
いくつもの悪い記憶が蘇り、彼女の心に不安が広がっていった。
それでも、彼女はその目を受け入れようと試みた。
「禁じられた何か」に関わることで、彼女はこの町に伝わる恐ろしい過去を知ることができるのではないか、そんな期待感もあった。
だが、目は次第に凶暴さを増し、彼女の心に呪縛をかけてきた。
鏡に映る自分の姿は、まるで他者が入り込んでいるように見え、意識が徐々に混ざり合っているのを感じた。
何度も夢の中で「見つめられる感覚」を味わい、身の毛がよだつような恐怖に包まれた。
彼女は次第に鏡の中に囚われていくように感じ、自分が”禁じられた”何かを知ってはいけない存在になってしまったと悟った。
ある晩、彼女は決心した。
「この目を見つめ返してやる。」大胆にも鏡の前に立ち、目を凝らした。
すると、鏡の中の目がさらに大きく開き、黒い闇のようなものが填め込まれたように彼女を引き込んでいった。
「もう逃げられない、私の目を見ろ」という声が、耳に響いた。
その瞬間、彼女はその目に飲み込まれ、鏡の中の暗闇に吸い込まれてしまった。
背後には、彼女の失われた過去が映し出され、彼女はそれを思い出すことを強いられる。
何もかもが変わり果て、見えない苦しみが彼女を包み込み、禁じられた思い出が迫ってきた。
誰かの声が頭の中で反響している。
「その目を見てはいけない。」絶え間ない恐怖が押し寄せ、彼女はもう後戻りができなくなっていた。
そして、その鏡の中から続く目が彼女を罪に問うように見つめていた。
その目は、彼女の心深くに隠れた悪意の根源と繋がっていた。
ある日、町を訪れた人々は、あの鏡の前に立つ彩の姿を見た。
ただし、彼女の目は存在せず、まるで影が抜け落ちたようだった。
その目は、今や鏡の中に閉じ込められたまま、無限に続く闇を見つめ続けていた。
彩は、禁じられた何かを知ってしまったがゆえに、永遠にその目に囚われてしまった。
彼女の声は鏡を通り抜け、静かに消えていった。