「祠に捨てられた記憶」

秋の冷たい風が吹き抜ける夕暮れ、健太は村の外れにある小さな祠の前に立っていた。
普段は誰も近づかないその場所は、村の人々にとって忌まわしい思い出が詰まったスポットだった。
かつて、ここで友人を失った事故があり、以降、村人はこの祠を避けるようになっていた。

健太は、幼少期に親友の淳平を失ったことを今でも忘れられずにいた。
彼はその事故の日、淳平と共に祠に探検に行ったことを思い出す。
遊び心から祠に近づいたのだが、ふいに大きな地響きがあり、淳平はその場から消えてしまった。
健太は、自分が無力だったことを今でも悔いていた。
村の人々が語る噂、霊魂が集う場所だという話に、彼の心は引き裂かれるような気持ちを抱えていた。

その晩、健太は再び祠の前に立ち、過去を悔い、淳平の霊に何かを伝えたかった。
彼は祠の前に座り込み、静かに目を閉じた。
「ごめん、淳平…君を助けられなかった」と呟いた。

その瞬間、空気が変わった。
温かい風が健太の頬を撫で、微かに囁く声が耳元で聞こえた。
「助けて…」それは、間違いなく淳平の声だった。
彼の心臓は高鳴り、身体が震えた。
まさか、淳平の霊に再会できるのだろうか?

「淳平!どこにいるんだ!」健太は叫んだが、何も返事はなかった。
彼は急に不安に駆られ、祠の中を見ようとした。
祠の内部は薄暗く、古びたお供え物が積まれていた。
健太は恐る恐る中に入ってみた。
そこには、亡き友人の霊が待っていると信じたかった。

しかし、祠の中に足を踏み入れた瞬間、奇妙な現象が起きた。
周囲の空気が一瞬にして冷たくなり、健太は一歩下がった。
すると、目の前に淡い光が現れ、それが人の形を成し、やがて淳平の姿となった。
「助けて…健太、ここから出られないんだ…」その声はか細く、切なげだった。

健太は驚いた。
彼の親友が、自分の目の前に立っているという信じられない状況。
しかし、淳平の表情はどこか哀しげで、目を閉じると涙が流れ落ちていた。
彼の体は透明で、どこか不完全な存在であることが分かる。

「何があったんだ、淳平!どうすれば助けられる?」健太は必死になって聞いた。
すると淳平は、かすかに微笑んだが、その表情には絶望が漂っていた。
「私の思い出を…失ってしまったんだ。でも、君が思い出してくれれば…」

「思い出す?」と健太は困惑した。
何を思い出せばいいのか。
自分ができることは何も知らなかった。
淳平の声が続く。
「君の記憶の中に、私がいるなら、私を解放できるかもしれない。だけど…それを知るためには、大切な何かを失わなければならない。」

健太はドキリとした。
不安が胸に広がる。
「失うって…何を?」彼には答えが見当たらなかった。
淳平は目を細め、「あなた自身の一部…私との思い出を…」と言った。

その瞬間、健太の頭に過去の楽しい日々が蘇る。
淳平と一緒に遊んだ日々、笑い合った瞬間。
でもそれと同時に、彼は何かが崩れ去ることを感じた。
心の中で大切な記憶のひとつが削がれていくような感覚。
「駄目だ…私はそれを失いたくない!」と叫ぶが、声は震え、淳平の姿はかすんでいく。

「思い出して…私はここにいる…」と囁く声がかすかに響く。
しかし、健太は何もできず、ただその場に立ち尽くした。
「淳平、助けて…私を助けて…!」その叫びは、今はもう届かない。
彼は困惑し、恐れ、そして絶望の中で、友人を失った祠を背に帰るしかなかった。
彼は全てを失い、淳平の声だけを心に抱え、村の暗闇に消えていった。

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