彼女の名前は佐藤美香。
北海道の静かな町で生まれ育った彼女は、大学進学を機に東京へと引っ越してきた。
都会の喧騒と活気に胸を躍らせていたが、同時に少し寂しさも感じていた。
訛りのある自分が、周囲に溶け込めるのか不安だったのだ。
ある日の夕暮れ、美香は新たな友人に誘われて、東京近郊の廃墟となった砂の採石場に行くことになった。
初めはワクワクした気持ちでいっぱいだった。
しかし、暗くなり始めると、ずっと心の中にあった不安がじわじわと湧いてきた。
仲間たちは楽しそうに笑い合い、そんな美香は彼らの輪から少し距離を置いていた。
ふと、美香は砂の中に何かが埋まっているのを見つけた。
何の変哲もない砂の山だったが、その一角は異様に黒かった。
興味をそそられ、美香は近づき、手を伸ばして砂を掘り始めた。
その瞬間、周囲の風景が一変した。
友人たちの笑い声が途切れ、まるで時間が止まったかのような静けさが訪れた。
突然、目の前の砂がまるで生きているかのように動き出し、美香の足元を包み込み始めた。
「助けて!」と叫びたかったが、声が出なかった。
彼女は必死に反抗しようとしたが、砂は次第に彼女の動きを封じ込めていく。
恐怖に駆られた美香は、周囲を見回した。
しかし、友人たちの姿は見えなかった。
視界の端に、薄暗い中から一つの目が浮かび上がってくるのを感じた。
その目は誰のものかもわからず、ただじっとこちらを見つめていた。
美香はその目の視線を感じると、一瞬心が凍りついた。
周りの暗闇がそっと迫り、彼女の心に恐怖を拡げていく。
「私を助けて……」美香は心の中で叫んだが、反応はなかった。
その目は、じっとうごめく砂の中から彼女を観察し続けていた。
美香は、目の主が彼女を trap しているかのような感覚に包まれていた。
「ここから出て行ってはいけない」と、その目が語りかけているような気がした。
何かが彼女を引き留め、動きを封じている。
美香は恐れていた。
もしこのまま砂の中に飲み込まれたら、二度と出られなくなるのではないかと。
心のなかに浮かぶ懸念が、恐怖を増幅させた。
その瞬間、美香は周囲に助けを求めるように叫び、全身の力を振り絞った。
砂に抗おうと胸を張り、両手で砂を掻き出す。
しかし、抵抗すればするほど、砂が彼女の動きを止めつつあった。
叫び声がようやく周囲に届いたのか、かすかに足音が近づいてきた。
助けだ、希望が見えた。
しかし、振り返ろうとした瞬間、砂が再び彼女を引き締めた。
体が思うように動かず、周囲がますます暗くなる中、彼女はその目を最後に見つめた。
「ああ、私を見つめるのはやめて……!」美香の心に響くのは、ただその目の冷たさだけだった。
暗闇の中へ沈み込む感覚とともに、仲間の声も遠ざかり、最後には自らの意識が砂の中に飲み込まれていくのを感じた。
その夜、廃墟は静寂に包まれた。
友人たちは彼女を探しに戻ったが、そこで彼女の姿はどこにもなかった。
彼女が掘り起こした黒い砂だけが残された。
それ以来、現場を通る者たちは、闇の中で見つめる一つの目に怯え、二度とその場所に近づくことはなかった。