「砂に埋もれた思い出」

彼女の名前は智子。
都会の喧騒から遠く離れた、静かな街に住んでいる普通の女性だった。
智子は様々な仕事を掛け持ちしながら、平穏な日常を送っていた。
しかし、最近何かが狂い始めた。

智子は通勤の途中、毎朝同じ道を通るのが日課だった。
その道は古いアパートや商店が立ち並ぶ、賑やかな通りだ。
ある日、仕事の帰り道にふと目に飛び込んできたのは、不思議な風景だった。
道の端にある、かつて人々が集まっていた広場が、今は誰も寄り付かない場所になっていた。
その広場は、かつての活気が薄れ、無気力な雰囲気が漂っていた。
智子は無意識のうちにその広場の中央へと近づいていく。

広場の真ん中に立っていると、突然目の前に砂埃が舞い上がった。
浮かんだ砂は、まるで誰かに引き寄せられるように彼女の周囲をぐるぐる回っていた。
智子は驚きで足がすくみ、その場から動けなかった。
その砂が消えると、そこには空虚な感覚が残されていた。

次の日、智子は再びその広場に立ち寄った。
通勤が終わると、自分でも訳もわからずにそこへ向かっていた。
もうこの場所が彼女にとって特別な何かを感じさせていたのかもしれない。
再び砂が舞い上がると、その中から女性の姿が現れた。
彼女は美しい髪をなびかせ、白いドレスを着た幽霊のようだった。

「私は実里。あなたに会いたかった。」女性は微笑み、智子に近づいてきた。
智子は少し戸惑ったが、彼女の温かい雰囲気に引き寄せられた。

「あなたは、どうしてここに?」智子は思わず口を開いた。

「ずっと、この街の片隅で待っていたの。私の思い出が、この広場を埋め尽くしているから。私と一緒に、過去の記憶を感じてみない?」実里は誘うように言った。

智子はその言葉に惹かれ、実里のそばに立った。
すると、周囲の光景が瞬時に変わり、かつての賑やかな広場に姿を変えていった。
人々が笑い、子供たちが遊び、色とりどりの花が咲いていた。
そこにありふれた日常が広がっていたが、智子にはそれが異世界のように感じられた。

その瞬間、心の奥にある孤独感が薄れるように思えた。
しかし、しばらくすると風が強く吹き、砂が彼女たちの周りに舞い上がった。
智子は再びその不気味な感覚を覚えた。
実里の姿は少しずつぼやけていき、周囲の音も遠のいていった。

「ダメ、私、あなたを失いたくない。」智子は叫んだ。
しかし、実里は微笑みながらゆっくりと消えていく。

「今はまだ無理なの。でも、私の思いはいつもここにいる。だから安心して。」実里の声が風に乗って、智子に届いた。

次の日、智子は目が覚めると、何もかもがいつも通りの朝を迎えているように思えた。
しかし、心の中には何かが欠けている感覚が残った。
彼女は毎日広場に足を運び、実里に会うために砂舞う空間に自ら身を置いた。

しかし、智子の周囲で次第に異変が起き始めた。
街の人々が少しずつ姿を消していき、寂しい雰囲気が広がっていった。
そしてある晩、智子はその広場に一人で立っていると、突風が吹き荒れ、その砂が彼女の頬に触れた。
ふとした瞬間、彼女は自分がこの街にどれだけ愛されていたのかに気づく。

彼女は理解した。
実里は何か大切な思い出を残したまま消えたのだ。
それを知った智子は、再び実里のことを考え始めた。
砂が舞い上がる中で、彼女はその広場から逃げることができなかった。

智子は、思い出が埋め込まれたこの広場に、未来の愛を見出すため、自らの心の中の虚無感を抱えながら、いつまでも立ち尽くしていた。
街の人々の姿は幻影となり、智子自身もまた実里の一部として、その砂の中に埋もれていく運命だった。

タイトルとURLをコピーしました