「目の奥に潜む影」

静かな田舎町にある古びたアパート。
そのアパートは、住人が自らの意思で出て行ったわけではないという噂が立っていた。
不気味な噂の裏には、過去に起きた不可解な出来事が隠されていた。
人々はそのアパートに近寄ることさえ避け、住人が次々と姿を消していくことを“霊の仕業”として恐れていた。

ある日、高橋という若者が、訳あってそのアパートに引っ越してきた。
彼は都市での生活に疲れ、静かな場所で心を落ち着けたいと考えていた。
初めは誰もいない部屋に心が安らいだが、次第にそのアパートの不気味さが気にかかるようになった。
特に、夜になるとたびたび感じる視線が彼を不安にさせた。

ある晩、高橋はどこからか聞こえてくる微かな声に目を覚ました。
声はかすかに「見ている…見つめている」と繰り返していた。
彼は目を凝らして周囲を見渡したが、誰もおらず、静寂が広がっていた。
気のせいか、と自身に言い聞かせて再び眠りにつこうとしたが、声は次第に大きくなり、耳元で囁くように続いた。

「目を…見て…見つめている…」

その言葉が耳にこびりついて離れなかった。
高橋は恐怖を感じ、思わず布団を被り、静かに目を閉じた。
しかし、なぜか瞼の裏に姿を想像する。
目、無数の目。
彼が体験したことがないほど冷たい視線に、彼は身動きが取れなくなった。

数日後、翌日の朝、彼は周りの住人から話を聞いた。
皆が口を揃えて言うには、そのアパートには「見えない何か」が存在しているという。
そして、失踪した住人たちは、もう戻ることはないと。

高橋はますます不安になった。
彼の行動も、あのアパートの運命に巻き込まれているのではないかと感じた。
そこで彼は、何か手がかりを求めてそのアパートの地下へ向かうことを決意した。
窓もない薄暗い空間で、彼は途中の廊下を進んで行く。

地下の奥深くで、何かが待っている気配を感じた。
彼は恐怖を抑えながら更に進み、やがて一つの部屋にたどり着いた。
中には、使われなくなった古い鏡が置かれていた。
高橋はその鏡の前に立ち、反射する自分の姿をじっと見つめた。
すると突然、その鏡が光を反射し、彼の背後に影が映った。

高橋が振り向くと、そこには無数の目が、彼をじっと見つめていた。
彼の心臓は早鐘のように打ち、視線の圧力に圧倒されそうになった。
目はどれも冷たく、無感情で、見る者の魂を吸い込むように深淵であった。

彼は咄嗟に後退り、逃げようとしたが、その目は逃げ場を失った彼の動きを追った。
逃げるために扉を開けるも、閉じ込められたような感覚に襲われ、彼の思考は耐えきれなくなった。
高橋は絶叫し、目を開けているのがどうしようもなく恐ろしかった。

その瞬間、ふと聞こえたのは、あの囁きだった。
「ずっと…見ている…」

高橋は力尽きて地面に崩れ、意識を失った。
次に彼が目を覚ましたとき、再び自分があのアパートにいることを理解していた。
しかし、彼の目は何も映さなかった。
まるで彼自身が消えてしまったかのように。

それ以来、彼の姿は誰の目にも触れることはなかった。
高橋の部屋のドアは、静かに閉ざされたまま、どこからもその存在を求める声を聞く者はいなかった。
そして、アパートにはまた一つ、目が見えない住人が増えたのだった。

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