彼の名は健太。
普通の暮らしを送る彼には、特に変わったことはなかった。
しかし、一つだけ記憶に残っている出来事があった。
それは、彼が幼い頃に体験した、忘れがたい記憶の呪縛だった。
ある夏の暑い日、健太は友達と一緒に森の中を遊び回っていた。
子供たちは鳥の鳴き声を聞きながら、鳩やスズメを追いかけていた。
しかし、その時、彼の目に留まったのは一羽の白い鳩だった。
その鳩は、どこか異様な雰囲気を纏っていた。
健太は好奇心に駆られ、その鳩に近づいていった。
鳩が彼の目と合った瞬間、健太はなぜか言い知れぬ恐怖を感じた。
鳩は彼を見つめ続け、まるで何かを訴えかけているようだった。
彼は目が離せず、周囲の友達の声も無視して鳩に吸い寄せられる。
しばらくして、健太はハッとしたように振り返り、友達のもとへ戻ろうとした。
しかし、その瞬間、周囲の風が急に強くなり、木々がざわめいた。
彼はただの風と思ったが、心の奥底に何か不吉な予感が広がった。
数日後、健太は夢の中でその白い鳩を見た。
その鳩は彼に向かって「私を助けて」と囁きかけた。
夢から覚めると、彼はその言葉が何かの呪いではないかと感じ始めた。
それからというもの、彼は毎晩その怖い夢を見るようになった。
鳩の姿を思い出すたびに、不安感が彼の心を覆い尽くした。
一週間が過ぎると、彼の生活は一変した。
学校でも集中できず、夜も寝不足が続き、母親からも心配されるほどだった。
ある日、先生から「最近の様子が気になる。何か悩んでいることがあるのか？」と問いかけられた。
健太は、夢のことや白い鳩のことを語ることにしたが、周りの人々が信じてくれるはずもなく、むしろ変な目で見られるだけだった。
そんなある日、健太は再び夢の中で鳩に出会った。
しかし、今回はその鳩が憤った様子で、彼に真実を伝えようとしていた。
鳩が言うには、彼の背後には「未練を持つ霊」が付きまとっており、その霊は長い間この世界に居続けることができなかった。
鳩は、その霊を解放するために彼を選んだのだという。
健太は言われたとおり、霊の正体を知るために、鳥屋のある山の方へ向かうことを決心した。
山のふもとにある鳥屋は、かつて繁栄を誇った場所だった。
しかし、今は朽ち果て、誰も近寄らない廃墟と化していた。
彼は恐る恐る中に入っていくと、突如、強い風が吹き抜け、鳥の羽音が耳に入った。
彼の目の前には、一羽の白い鳩が姿を現した。
前回の鳩とは異なり、彼女の目はどこか優しげだった。
「私が求めていたものは、愛情だ」と鳩は言った。
「あなたの心の中にある思いが、私をこの世に引き止めている。」
その瞬間、健太は閃いた。
彼は幼少期、亡き祖母と過ごした楽しい思い出を思い返していた。
祖母が好きだった鳥の話をし、いつも愛でられていた白鳩の姿を思い描いた。
健太はその思いを鳩に向けて放ち、「もう行っていいよ、安らかに眠って」と伝えた。
鳩は彼の心の声を受け取り、優しく微笑むと、羽を広げて飛び立った。
その瞬間、周囲の空間が鮮やかに輝き、雲に隠されていた光が差し込んできた。
彼は心の奥底から安堵を得ていた。
鳩が天に昇る姿を見ながら、彼の心もまた静けさを取り戻していった。
その後、彼はその出来事を思い出すたびに、心に平穏を感じていた。
鳥にまつわる恐れが、彼にとって大切な思い出へと昇華されたのだ。
彼は生きることに感謝し、心の病から解放されたことを理解していた。
これからの日々、悲しみを抱えた鳥たちのために、その心を捧げたいと思うようになったのだった。
