「畳の明かり」

静かな夜、主の健一は、畳の部屋で一人静かに過ごしていた。
心地よい静寂が広がる中、彼は一日の疲れを癒すために、薄暗い部屋の中で読書に耽っていた。
しかし、その夜はいつもとは少し違っていた。
窓から差し込む月明かりが、部屋の隅々を照らし出し、不気味な影が畳の上を流れていくように見えたのだ。

読み進めるうちに、健一はふと気づく。
自分の横に何かがいる気配を感じた。
振り向くが、そこには誰もいない。
ただ静まり返った部屋と、月光の射す畳だけがあった。
不安が胸を締めつけ、気持ちを落ち着けようと深呼吸をする。
しかし、背筋に冷たいものが走る。
何かが彼を見つめている気がしてならない。

健一は本を置き、少し部屋の中を歩いてみることにした。
畳の心地よい感触が足裏に伝わるが、心は重く不安でいっぱいだ。
こうしている間も、誰かの視線を感じる。
もしかしたら、思い過ごしなのかもしれない。
しかし、彼の心の中には「未だ」という言葉が響き渡っていた。
彼には過去の記憶が蘇ってくる。
数年前、親友の直樹が突然失踪したこと、それに関する奇妙な噂を聞いたことを思い出す。

その時、健一の目に映ったものがあった。
それは、畳の一部が異常に明るく光を帯びていることだった。
彼は驚き、近づいてみる。
恐る恐る手を伸ばすと、その部分はまるで生きているかのように温かかった。
何かが埋まっているのかと思い、こそっと畳を少しめくってみた。
しかし、何も見えない。
健一はがっかりし、再び部屋の中を歩きながら、明るさの理由を考えた。

その時、背後から声が聞こえた。
「健一…」というかすかな囁き。
それは直樹の声だった。
心臓が跳ね上がり、立ち尽くす健一。
彼は振り返っても、何も見えない。
ただ畳の深い色合いと、静寂が広がるのみだった。

「未だ、私のことを忘れないでくれ」と再び声が響き、それと同時に、部屋全体が明るさに包まれた。
健一は恐怖と混乱の中で、何とか声の正体を理解しようと必死になった。
直樹が自分に伝えたいことは何なのか。
彼はこの世に未練を残しているのかもしれない。

ふと、彼の思い出の中に直樹との楽しかった日々が浮かび上がってくる。
そして、彼の友人としての責任感、直樹が置いていったものを引き継ぐ必要があるという思いだ。
健一は心を決め、その明るさの源を追いかけるように、畳の明るみの部分を手でなぞった。

その瞬間、彼の視界に映る光の中に、ほのかな影が現れた。
直樹の姿が薄明かりの中でぼんやりとした姿で浮かび上がっている。
健一は目をしっかりと瞑り、彼の姿を目に焼き付けようとした。
「お前、元気でやっているか? ずっと待ってるから」と声に出して叫ぶ。

すると、直樹は微笑み、頷いた。
それでも彼は、何か言いたげだ。
その瞬間、明るさが一層増し、部屋全体が照らされ、健一はその光に包まれる感覚を覚えた。
「未だ、忘れないで」直樹の声が響き、同時に光が瞬くように消えた。

再び静けさが戻り、畳の上に一人立つ健一。
胸には直樹の存在を感じていた。
彼はいなくなったが、その記憶と絆は消えないと感じていた。
そして、健一は自分の心に誓った。
これからも彼のことを忘れず、彼が求めた明るさを守り続けると。
その夜、畳の上に静かな明かりが宿り、彼の心の中には直樹の思いが今も輝き続けていた。

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