田中は、実家に帰省することになった。
高校時代の友人たちとの約束を果たすため、久しぶりに母の作った料理を食べるため、帰省したのだ。
しかし、夜が更けるにつれて、彼には不思議な感覚が襲ってきた。
古い家の中には、かつて祖父がよく使っていた部屋があり、そこには今でも畳が敷かれていた。
田中はその部屋が気になり、思わず扉を開けた。
薄暗い室内には、ほのかな香ばしい匂いが漂っていた。
部屋に足を踏み入れると、畳の上には何かの跡が残されていた。
明らかに人の足跡だが、よく見るとそれは一つ一つの跡が少し浮き上がっているかのようで、何か異様な雰囲気を醸し出していた。
田中はその足跡に引き寄せられるように近づいた。
畳の上には、小さな円の形がいくつも描かれており、その中心には一つの黒い点があった。
彼がその黒い点を触れようとしたとき、突然、部屋の空気が冷たくなり、彼の心臓が早鐘のように鳴り始めた。
何かに見られている気がしたのだ。
広げられた畳の中には、かつて祖父が亡くなる直前に行ったという儀式の名残が残っているのではないかと、田中は思い至った。
祖父が愛していたこの家、そしてこの部屋には、過去の思い出と魂が宿っているのか…？ 彼は思考を巡らせたが、その時、部屋の隅からかすかな声が聞こえてきた。
「田中…」
その声には見覚えがあった。
母の声だった。
「どうして、こんなところにいるの？」彼は驚き、振り返った。
しかし、そこには誰もいなかった。
田中は自分の気のせいだろうと思おうとしたが、その瞬間、畳の上の黒い点が徐々に広がり、彼の周囲が闇で覆われていくのを感じた。
その中で彼は、祖父の記憶が次々と蘇ってきた。
笑顔で語っていた話、温かい手で撫でてくれた瞬間、そして、彼が最期を迎えた日のこと。
祖父の魂がこの空間に存在することを実感した。
田中は次第に自分の心の中に暗い部分があることに気づいた。
無視し続けていた過去の出来事、彼が祖父に対して抱いていた影のような感情。
「戻れ、田中。」その声は再び響いた。
「私たちの間には、まだ解決しなければならないことがある。」田中の心は揺らぎ始めた。
彼は祖父の存在を感じながら、自らの過去と向き合う決意を固めた。
足跡が円を描くように、過去と現在を繋いでいるように思えた。
「お前は、逃げるな。恐れずに、真実を見るのだ。」その言葉に励まされ、田中は目を閉じ、過去の自分に向き合うことを決心した。
暗い記憶の中で、彼は次々と現れる自分の失敗や後悔に対峙した。
やがて、心の奥に沈んでいた思いが浮かび上がり、彼は冷静さを取り戻した。
その瞬間、部屋が明るさを取り戻していくのを感じた。
畳の足跡は静かに消え、かつてのように穏やかな香りが再び満ちていった。
田中はそのまま畳の上に座り込み、自分の思いを整理することにした。
魂の輪、過去と現在が交差する場所で彼は再生することができた。
そして、もう一度祖父の温もりを感じるために、彼は静かに祈った。
闇の中で光を取り戻した彼は、今度こそ過去を受け入れて生きていこうと強く思った。
