「田んぼの囁き」

田んぼが広がる静かな村、その中心には古くから伝わる忌まわしい伝説があった。
村人たちはその話を子供たちに語り継ぎ、決して近寄らないように警告していた。
それは、収穫時期の夜、田の中に仕掛けられた「罠」の存在についてだった。
罠の正体は、見えない何かが人々の心を奪う不気味な現象。
かつて、ある若者がその罠に引っかかり、田んぼで不幸な目に遭った影響で、今でもその場所に近づく者はいなかった。

その村に住む難は、好奇心旺盛な少女だった。
彼女は、村の伝説に興味を持ち、どうしてもその真相を知りたいと思うようになった。
大人たちからは「近寄るな」と何度も言われていたが、逆にそれが彼女の興味をそそった。
ある日の晩、彼女は独りで田んぼに向かうことを決心した。

月明かりが照らす田んぼの中は、静寂に包まれていた。
難は、伝説の場所に近づくにつれて、胸の高鳴りが増していくのを感じた。
穏やかに揺れる稲穂と共に、何かが彼女を待っているような気配もあった。
彼女は目的の場所に辿り着くと、そこには古びた木が立っていた。
その木は、まるで長い間放置されていたかのように、不気味な存在感を放っていた。

その瞬間、ふと耳に入ったのは、微かに聞こえるささやきだった。
「此処に来たのか…」その声は、空気を震わせるように響いた。
恐怖を抑え、難は声の方へと歩み寄った。
そこに現れたのは、無数の影が混ざり合った、どこか儚げな姿だった。
「お前の知りたいことを教えてあげよう」と、影は続けた。

「私たちの魂は、田んぼに隠された切なる想いを捧げるために生まれた。だが、その想いが真実の形を持つことで、終わりを迎えることになった。」その言葉は、難の心を深く揺さぶった。
「私たちが求めるものは、罪のない人の犠牲。あなたもその一部になってしまうのかもしれない。」

難は恐怖を感じたが、同時にその言葉に引き込まれている自分がいた。
「犠牲になるということは、何を意味するのか?」彼女は問いかけた。
影は静かに答える。
「私たちが求める真実は、切なる想いの結実を望む。しかし、その代償として、無邪気な魂を捕らえる必要があるのだ。」

その瞬間、周囲の空気が変わった。
彼女の身体が重くなり、地面に引き戻されるような感覚に襲われた。
影たちは彼女を囲むと、囁き続けた。
「それを受け入れれば、あなたの知りたいことを教えてあげる。ただし、あなたはその代償を払わなければならない。」

考えながらも、難はその場から逃げ出すことができなかった。
彼女はその影が自分の心に干渉しようとしているのを感じた。
それは、恐怖と引き換えに真実を知るという罠だった。
もはや後戻りはできず、難は深呼吸して思い切って言った。
「私が選ぶのは、私自身の運命だ。」

その言葉が終わると、影たちは一瞬静止した。
難の中に燃え上がる意志が伝わったのか、影たちは悲しげに彼女を見つめた。
「それならば、お前の持つ強さに期待しよう。だが、その代償は未来に残る。」影の囁きがぱっと消え、静寂が戻ると、そこで彼女は心の中の悪夢から解放された感覚を抱きしめていた。
しかし、同時に空気の中に微かな影が漂い続けるのを感じていた。

恐怖を振り払った難は田んぼを後にすることができた。
しかし、彼女が振り返るたび、影はその場に留まり続け、いつまでも彼女の心の奥底に潜んでいた。
その夜、田んぼの暗闇に隠された罠の存在は、切ない真実として彼女の心に残り、村の夜空に輝く星々の背後に、静かに佇み続けていたのだった。

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