「田に宿る足音」

田んぼの奥深くに位置する小さな村。
その村に住む盲目の男性、佐藤徹は、田舎暮らしを楽しむことができた。
彼の耳には、自然の音が心地よく響き、草の香りがふわりと漂ってきた。
しかし、村には忘れてはならない言い伝えがあった。

「田んぼには、足が生えた亡霊がいる。彼は、田に足を取られた者を憑りつかせ、永遠に消し去る。」

佐藤はその話を初めて聞いたとき、背筋が凍りつく思いをした。
しかし、彼の日常は変わらなかった。
彼は農作業を行い、村人たちと交流を楽しみ、穏やかに過ごしていた。
しかし、次第に村では若者たちが行方不明になる事件が続発し、村人たちの間に不安が広がっていった。
村の空気がどんよりと重くなり、人々の笑顔が失われていく。

ある晩、村の集会で年長者たちが集まり、この現象について討論していた。
彼らの話の中に「田んぼ」が何度も出てくるのを聞いて、佐藤は不安を感じた。
翌日、彼は友人である木村に相談した。

「木村、最近行方不明になった人たちは、田んぼに近づいていたのではないのか?」

「それは…可能性があるな。ただ、気をつけろよ。田には何かがおると言うからな。」

佐藤はその言葉を胸に留め、ますます警戒を強めた。
田んぼの近くを歩く人々を見送るたびに、心のどこかで彼らの足元に何が潜んでいるのかという恐れが膨らんでいった。

それから数日後、佐藤はいつものように田んぼの近くを通りかかった。
茂みの中から微かな音が聞こえ、彼はその方向に向かって歩いた。
すると、突然、何かの気配を感じた。

「助けて…」という声が、まるで自分の耳のそばでささやくように響いた。

驚きつつも、佐藤は冷静さを失わず、その声の主を探そうとした。
しかし、その瞬間、彼の足元に何か重いものが引っかかった。
冷たい手のような感触があった。
足が地面に吸い寄せられ、身動きが取れなくなった。

彼は必死にもがいたが、声は次第に強くなり、周囲の音が全て消えていく。
冷たい風が吹き抜け、視界の中に濃い霧が立ち込めていった。
目の前に薄暗い影が現れ、何かが彼に近づいてくるのを感じた。

「私と一緒に行こう…」その声はささやき、まるで彼の心に直接響くようだった。

佐藤は恐怖に駆られながらも、その声に抗えなかった。
何かが彼に憑りつこうとしている。
彼は必死に抵抗しようとしたが、身体は動かず、意識が薄れていく。

その夜、村に大嵐が襲いかかった。
村人たちは察知し、家から出ることを避けた。
しかし、翌朝が訪れたとき、佐藤の姿はどこにも見当たらなかった。
彼は田んぼの中で、何かに飲み込まれてしまったのだ。

村ではその日以来、佐藤の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
その声は、田んぼの近くで耳を澄ませる人々にしか聞こえない。
誰もが恐れ、虚しさを抱えながらその田んぼを通り過ぎるとき、どこかで彼が助けを求めていることを思い出させる。

「助けて…」その声は、永遠に消えないものとなり、村に憑りつく影となった。
誰もが彼を忘れ、村の空気は変わらないまま、ただ静寂が広がっていく。
田んぼには、今でも足を取られた者たちが、真夜中に徘徊していると言われている。

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