神社の境内は静まりかえり、時折風が木々をざわめかせる。
そんなある日、大学生の佐藤健一は、大切な人を亡くした悲しみに暮れながら、彼の好きだった神社を訪れた。
この神社は、彼の大学生活の中で特別な存在であり、いつも彼を癒してくれた場所だった。
健一は、彼女の望みを叶えるため、この神社に祈りを捧げることにした。
彼女の名前は美奈子。
彼女は、明るく、笑顔を絶やさない性格だったが、数ヶ月前に突然病に倒れ亡くなってしまった。
その時、健一は仕事の忙しさから彼女との時間を疎かにし、悔いだけが心に残った。
美奈子の願いは、「二人で幸せな未来を築くこと」だった。
それを叶えることができなかった健一は、今でもその思いに囚われていた。
神社の前に立ち、彼は深呼吸をして心を落ち着けた。
そして、一心に美奈子との再会を願った。
すると、突然視界がぼやけ、神社の空気が重くなった。
彼は目を閉じ、願いを純粋な思いと共に吐き出した。
その瞬間、耳元でふと美奈子の声が聞こえたような気がした。
「健一、私はここにいるよ。」
不意に目を開けると、彼女の姿がその場に立っていた。
彼女は以前の通り、笑顔を浮かべている。
しかし、どこか虚ろな雰囲気を纏っていた。
驚きと喜びが交錯する中、彼は声を震わせながら尋ねた。
「美奈子…本当に生きているのか？」
美奈子はかすかに首を振り、静かに言った。
「私はもうここにはいないけれど、こうしてあなたの前に現れることができたのよ。」彼女の声は甘く、しかしどこか物悲しさを帯びていた。
健一はその言葉に戸惑った。
「だったら、どうして私の元に来てくれたの？」彼の目には涙が溢れそうだった。
「あなたの望みを叶えるため。でも、私はこの場所に縛られているの。」美奈子は悲しげに微笑む。
「この場所は、生と死の狭間。私たちは再会することができるけれど、永遠にはいられないの。」
健一は胸が痛んだ。
このまま彼女を失いたくないと願った。
「ならば、どうすれば良い？どうすれば美奈子をここに留めることができる？」
美奈子は少し考え、そして言った。
「この場所の「望」の力は強大だけれど、それを利用するには代償が必要なの。
あなたの心の中に潜む後悔や悲しみを、この神社に捧げることになるわ。
」
彼はショックを受けた。
美奈子のためとはいえ、心の中の重荷を捨てることができるのか。
しかし、彼女を失った後の痛みを思い出し、その思いを断ち切ることを決意した。
「それでも構わない、私の心の中にある後悔を捧げるよ。」健一の声には毅然とした響きがあった。
その瞬間、周囲が急に暗くなり、神社の木々がざわめいた。
健一は目を閉じ、心の奥にある悲しみや悔いを解き放つようにした。
彼の心の中で何かが切れ、静かな空間に溶けていくのを感じた。
そして、眼前に美奈子の笑顔が現れた。
「健一、あなたは本当に強い人ね。私も自由になれたわ。」
その瞬間、美奈子の姿はゆっくりと消えていき、最後に彼女はウィンクをして見せた。
康一は彼女がいなくなったことを実感し、同時に心の中の重荷がすっと消えたのを感じた。
神社の静寂に包まれながら、健一は亡き恋人の望みを叶えたことで、自分自身も新たな一歩を踏み出す準備ができたことを知った。
彼は再び空を見上げ、もう一度生きることを決意するのだった。
