ある日の午後、リョウタという男が小さな村の外れにある古ぼけた家に引っ越してきた。
その家は、周囲を囲む高い木々に覆われ、ほとんど誰も訪れない場所に立っていた。
村の人々はその家に関して語り継がれている噂を知らず、リョウタはまるでそれが日常の一部であるかのように無邪気に新生活を始めた。
彼の心の中には、一つの小さな願いがあった。
「新しいスタートを切るために、何か新しい出会いを見つけたい」
引っ越して数日後、ある夜、リョウタは家の庭で黒い猫を見つけた。
その猫は、まるで霧の中から現れたかのように忽然と姿を現した。
目が異様に光っており、こちらを睨みつけるように見える。
リョウタはその猫に魅かれ、家に引き入れることにした。
それ以降、彼はその猫を「アイ」と名付け、奇妙な絆が芽生えていった。
しかし、しばらくしてアイはただの猫ではないことに気づくことになった。
夜になると、彼女は窓から外を見つめ、何かを感じ取るかのように何度も鳴いた。
リョウタは初めはそれを気に留めなかったが、猫の存在が彼に深い喪失感をもたらしていることに徐々に気づく。
アイが彼のそばにいるときは平穏であるが、彼女がいないときにはどこか空虚な気持ちに襲われた。
ある晩、リョウタはアイの声に導かれるように、いつもとは違う道を選び、村の外れの神社へと足を運んだ。
その神社は、昔から忌まれている場所で、訪れる者はほとんどいないと噂されていた。
リョウタは心の奥で何かが呼び寄せていると感じていたが、それに抗うことができなかった。
神社に到着したリョウタは、周囲の異様な静寂にゾッとする。
満月の下で、彼はその神社の奥にわずかな光が差し込むのを見た。
その光に引き寄せられるように近づくと、何かが目を引いた。
それは、古い石像で、そこには無数の猫の彫刻が施されていた。
その瞬間、アイが近くに現れ、彼の目の前でじっと見つめる。
まるで何かを伝えようとしているかのように。
リョウタがふと目を離した瞬間、アイは銀色の光に包まれて消えてしまった。
彼は慌てて周囲を見回すが、猫の姿はどこにも見当たらない。
心臓が高鳴り、恐怖が押し寄せてくる。
「どうして…どうして消えたんだ?」彼は叫んだが、答えは返ってこなかった。
何度も神社へ足を運び、アイを探し続けるリョウタ。
しかし、彼の努力は無駄に終わり、日々は不気味な静けさに包まれるようになっていた。
アイの存在は彼の心に深い穴をあけ、失った愛しい存在の喪失感が日々強まっていく。
村の人々は彼を気遣い、彼の異常な行動を心配していたが、彼にはもう何も聞こえなかった。
ある夜、リョウタは再び神社へ向かう決心をする。
ここで何が起こったのかを知りたかった。
そして、彼は一人の女の姿に気づく。
その女は、かつてこの神社を守っていた神主だった。
「猫を愛する者には呪いがかけられる」と女は言った。
彼は驚き、恐怖で体が硬直した。
「その呪いは、愛する存在を奪うのだ」と告げた。
リョウタは何も言えず、ただただ彼女を見つめ続ける。
その夜、リョウタはアイを取り戻すための方法を見つけようと必死になり、村の人々に相談を持ちかける。
しかし、その呪いは強力で、彼の周囲の人々は次々と彼を避け始めた。
そして、リョウタは自らも次第に心を閉ざすようになり、孤独な日々が続いていった。
時が経つにつれ、リョウタは村の外れに立つ古びた神社と同化していく。
彼の心にはアイが失われた痛みが永遠に残っていた。
アイは彼の中で生き続け、同時に彼を呪い続けているのだと。
しかし、彼の心にはただ、アイの声が囁き続けていた。
「戻っておいで…」という声が、いつか再び彼をその場所へと導くことになるだろう。