「狭いベランダに潜む思い出」

ある日、東京のとある狭いアパートで暮らす青年、圭介は、毎晩ベランダに出て、タバコを吸いながらひとり考え事をしていた。
彼にとって、その狭いベランダは心の安らぎを得る場所だった。
狭い部屋の中には物が多く、居ると落ち着かず、時に圭介はその部屋がまるで彼を押し潰すような気がしていたのだ。

そうした日々の中、ある晩、ふと気配を感じた。
背後から、誰かが見ているような気がして振り返ったが、そこには何もなかった。
恐れを感じた圭介は、急いでタバコを消して部屋に戻った。
しかし、心の中には一つの疑念が生まれた。
「孤独が、私を蝕んでいるのではないか?」

翌日から、圭介のまわりで奇妙な現象が起き始めた。
彼の持ち物が、いつの間にか移動していることが多くなっていた。
特に小物や日用品が頻繁に失くなり、気がつくと全く別の場所に置かれていた。
彼は、自分が何かに取り憑かれているのではないかと考えるようになったが、それはただの気のせいだろうと自分を納得させた。

しかし、その「物」の存在がさらに強く感じられるようになってきたのは、ある晩のことだった。
ベランダに出ると、風が強くなり、不気味な音が耳をつんざくように響いた。
圭介はそこに立ちすくみ、何かの気配を強く感じた。
まるで誰かが、自分の心の中に潜り込んで、語りかけてくるようだった。

その時、圭介の意識は一瞬にして過去へ遡った。
彼は、幼い頃に過ごした狭い実家の記憶を思い出した。
そこには、彼の妹がいた。
妹はいつも遊んでばかりで、実家では圭介と遊ぶことが多かった。
しかし、彼女は数年前に事故で亡くなってしまった。
それから、圭介は彼女をなくした悲しみに沈み、孤独を感じていたのだった。

気がつくと、圭介はベランダの端に立って、その記憶に浸っていた。
妹が笑っている姿、彼を呼ぶ声。
彼は何かを感じ取った。
「私は、一人ではない。」ふとそう思った瞬間、背後に何かがあるような気配がした。
恐れで心臓がバクバクと鳴り響く。

彼が振り返ると、そこには彼の妹の、どこか懐かしい笑顔が浮かんでいた。
「圭介、どうしてそんなに悲しい顔をしているの?」その声は、柔らかく、彼の心を打った。
彼は思わず声を上げ、「お前はもう、いないんだ!」と叫んだ。

しかし、妹はじっと見つめ、「私はずっとここにいるよ。この狭い場所を離れられない運命なの。」と答える。
「私たちは、ここで一緒にいることができる。離れることはないの。物を通じて、あなたの側にいるの。」

圭介は、妹の言葉に戸惑いつつも、その存在を感じていた。
彼は孤独だったわけではないと実感した。
物を通じて、妹は自分の側にいる。
彼女を失ったと思っていたのは、実は自分が彼女を心のどこかで消してしまっていたからだ。

その後も、不思議な現象は続いたが、圭介はもう恐れなくなった。
彼の部屋には、確かに妹の存在が残っている。
彼は彼女が自分を見守っていることを理解し、その思いを受け入れることにした。
狭いアパートの中で、少しずつ彼の心は解きほぐされていった。

「物」に触れるたびに、妹との思い出が鮮やかに甦る。
彼は孤独を抱えるのではなく、彼女と共に生きる道を選んだのだった。
圭介は、かつての悲しみを受け入れ、新たな形で妹との絆を育てていくことを決意したのだ。
彼はもう、離れることはない。

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