「狛犬の警告」

それは、薄暗く曇りがちな夜のことだった。
道を一人歩く秋人は、家に帰るために普段通りのルートを選んだ。
彼の通う大学のキャンパスから自宅までの一本道は、いつも静かで人通りも少ない。
秋人にとって、この道は夜の散歩を楽しむことができるお気に入りの場所だった。
しかし、その日は何かが違った。

ふと、彼は道の片隅にいる狛犬の姿を目にした。
一般的な神社に置かれている狛犬と同じ、石でできた犬の像だ。
いつもとは違って、何か不気味な雰囲気を放っている。
秋人は一瞬足を止め、内心不安を感じつつも、そのまま通り過ぎようとした。

その瞬間、秋人の目の前で急に電灯が点滅を始めた。
パチパチという音と共に、周囲の暗闇が一層引き締まり、冷たい風に吹かれる。
彼は怖さを感じつつも、「原因は配線か何かだろう」と自分に言い聞かせた。
しかし、心の奥底で何かが彼を引き留めていた。
思わず後ろを振り返ると、狛犬がまるで彼を見ているかのように感じた。

その時、道の端から声が聞こえてきた。
「おい、君、立ち止まって」。
秋人は振り返ったが、誰もいなかった。
空気が一瞬ピンと張り詰める。
しかし、新たな声が耳に入る。
「ここに来るな。戻れ!」それは狛犬の声だった。
秋人は恐怖を感じながらも、その場から動けなかった。

そのまま進むか、戻るかの葛藤の中、感じられる不安の正体に気づく。
狛犬が何かを警告しているのだ。
それでも、彼は好奇心に駆られ、「何があるの?」と問いかけた。
信じられないことに、その声はさらに低く響いた。
「ここには、えなにが待っているのか知らないのか?」

突然、周囲の電灯が全て消え、一瞬の静寂が訪れた。
心臓が高鳴り、秋人はその場で震えた。
すると、暗闇の中にかすかに見える何かが現れた。
丈の長い影が目の前に立っている。
青白く光る瞳が、直接彼を見つめ返していた。

その影が近づいてくる。
彼は背筋が凍る思いで、一歩後ずさりする。
しかし、道は行き止まりだ。
逃げ場がない。
影はゆっくりと、彼に向かって手を伸ばしてきた。
「えな…。お前もここに導かれたのか?」その影は何かを求めているように見えるが、その正体は不明だった。

驚愕のあまり絶叫する間もなく、隣で狛犬が再び声を発した。
「逃げろ!急いで!」何とかその声に反応し、秋人は全速力で後ろへと走り出した。
振り返る余裕もなく、ただただ道を真っ直ぐに駆け抜ける。
恐怖心が背中を押し、何とか家にたどり着いた。

自宅のドアを閉めた瞬間、全てが静まり返った。
しかし、心臓の鼓動は治まらず、彼は恐怖に押しつぶされそうになっていた。
その日以降、秋人はあの道を通ることはなかった。
誰も気づかない静まり返った夜の道には、何かが潜んでいるのかもしれない。
そして、狛犬の声が耳に響き続けていた。
「戻るな…」その言葉が、秋人の心に強く残り続けた。

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