古びた館には、いくつかの噂があった。
その中でも特に恐れられているのが、「狛」という名の幽霊である。
彼はこの館の元々の持ち主だったとされ、ある悲劇的な事件に巻き込まれて命を落としたと言われている。
館は長い間、放置され、今や誰も近寄ろうとはしなかった。
ある晩、若い男性の涼介は、友人たちと肝試しをすることに決めた。
勇気を試し、館の中に踏み込むことが目標であった。
しかし、彼はその夜、他の友人たちに先に館の奥へ進むように促し、ひとりで不安に包まれながら館の玄関に立っていた。
薄暗い廊下に一歩踏み入れると、冷たい空気が彼の背中を撫でるように流れた。
館の内部は、まるで時が止まったかのようだった。
埃をかぶった家具や、黄ばんだ壁の中に、彼は狛の存在を感じ取った。
涼介は好奇心に駆られ、閉まっている扉を開けることにした。
彼は計画的に館の各部屋を探検し、時折自分の心臓の鼓動を聞き取ることができた。
静寂の中、彼は徐々に館の奥まで進んでいく。
部屋の一つには、古びた時計が並んでいた。
しかし、その時計はどれも時を刻んでいなかった。
彼は不気味な気持ちを抱えながらも、思わず話しかけた。
「狛、いるのか？」
すると、不意に、かすかな音が響いた。
「き、計……」その声は涼介の耳に届くと同時に、彼の心を凍りつかせた。
彼は自らの耳を疑ったが、もう一度声が聞こえた。
「計、犠牲、れ……」
涼介はその声が狛のものであることを直感した。
恐怖と好奇心の入り混じった心情で、彼は声の方向に向かって進んでいく。
冷たい風が彼の頬を刺すように感じ、背筋が凍る思いをした。
廊下の先にある扉を開けると、そこには小さな部屋が広がっていた。
真ん中には、古びたテーブルがあり、その上には数枚の紙と、数本の計算用具が置かれていた。
涼介はその光景に驚き、近づいていく。
すぐにその紙には、狛が生前に残したと思われるメモと計算式が記されていることが分かった。
しかし、何を計算していたのかは謎だった。
その瞬間、視界が暗くなり、部屋は波紋のように揺れ動いた。
混乱した涼介は周囲を見渡し、声が再び響く。
「犠、牲、れ……計画……」
彼はもはや逃げ出さなければならないと感じた。
急いで部屋を飛び出し、館の出口を目指した。
だが、出口はいつの間にか消えてしまっていた。
館の中は迷路のように変わり果て、彼の心に恐怖が広がった。
「狛！何が欲しいのか教えてくれ！」
その声に応えるように、館の壁が彼に迫ってきた。
狛の影が涼介の目の前に現れ、彼をじっと見据えていた。
涼介は背中を押されるような感覚を抱きつつも、声を失い、恐怖で体が硬直していた。
狛の視線は彼に計画の一端を語りかける。
「心を犠牲にして、過去を忘れ、真実を得ることができる。」その言葉が涼介の胸に刺さり、彼は何か重要な選択を迫られていることを感じた。
しかし、何を選ぶべきか、どうすればいいのかは分からなかった。
するうちに、館の中の空気は重く、暗闇が次第に彼を覆い始めた。
涼介は逃げたいという衝動に駆られ、全力で走り出す。
しかし、暗闇の中で道を見失い、廊下の端でつまずき、床に倒れ込む。
そして、彼の周囲に狛の顔が浮かび上がり、彼を見つめていた。
「私を忘れないで……」その声が耳に残り、涼介は意識を失っていった。
目を覚ますと、まだ館の外にいたが、彼の心には驚くべき恐怖が刻み込まれていた。
館の中で、計画されていた運命から逃げたはずなのに、彼の心のどこかに狛の存在が残っていた。
心の奥深くに、それは影として留まっているのだった。
