静かな山里にある古い宿。
その宿は、村の人々から「犠の宿」と呼ばれていた。
由来は、かつてこの村で起きた忌まわしい出来事にあると言われている。
伝説によれば、ここに宿泊した者は、無言の犠牲者になってしまうという。
ある夏の暑い日、学生たちのグループが宿を訪れることに決めた。
彼らは、肝試しの一環としてキャンプを計画していた。
中でも、リーダー格の大輔は、「そんな話はただの伝説だ」とみんなを笑わせた。
彼らは荷物を整え、宿の中に入っていった。
宿は薄暗い廊下と古びた部屋で、不気味な雰囲気を漂わせていた。
しかし、学生たちは気にすることなく、それぞれの部屋に分かれて荷物を置いた。
夕食を終えた後、彼らは廊下で一緒に過ごし、さまざまな話をしながら夜を楽しんでいた。
その時、突然、廊下の奥から「キシキシ」と音が聞こえてきた。
皆は一瞬驚いたが、すぐに大輔が「たぶん木の床が鳴ったんだ」と笑い飛ばした。
その瞬間、部屋の光が微かに揺れ、宿全体に一瞬の静寂が訪れた。
不安が募った友人たちは、部屋に戻ることを決めた。
しかし、明かりを消すと、暗闇の中で耳を澄ませた。
すると、再び「カタカタ」と音が響いてきた。
その音は、何かがゆっくりと押し寄せてくるように聞こえた。
「これはおかしい、何かいる！」田中が声を震わせて言った。
しかし、大輔は気にせず「大したことない。心霊現象なんて、存在しないよ」と言い返す。
彼はあえて自信を持ち、皆を鼓舞しようとしていた。
夜が更けていくにつれ、音は次第に大きくなり、宿全体を包み込むようにしていた。
「どうする、行ってみようか？」佐藤が言い出した。
皆は少しづつ恐怖心を募らせながら、音の正体を探ることにした。
彼らは音のした方へと足を進めた。
音が聞こえる地点に辿り着くと、そこには真っ暗な廊下と古い扉があった。
大輔は「行くぞ」と言い、扉を開けた。
中には暗い部屋が広がり、一瞬だけ目の前に光が差し込んできた。
その光の中に、影のようなものが浮かび上がった。
彼らの目はその光景に凍りついた。
それは村の人々の姿だった。
彼らは静かに座っており、その目は彼らを無言で見つめていた。
周囲には小さな蝋燭の明かりが灯され、異様な雰囲気に包まれていた。
「どうして、私たちを見つめるのか？」玲子が小さく声を上げた。
その瞬間、影たちが「犠牲を捧げよ」という響きの声を発し、部屋全体に不気味なリズムで音が広がった。
恐怖が彼らの心を支配し、大輔は「逃げよう！」と叫んだ。
しかし、宿の扉は開かず、明かりも消えている。
再びむせ返る静寂の中、光の中の影たちは近づいてきて、その手を伸ばしてきた。
彼らはもう逃げられない。
音はますます大きくなり、薄暗い宿の中で彼らの声だけが虚しく響いた。
その夜、村の静けさの中に響くのは、本当に助けを求める声だった。
朝が来たとき、宿は静まり返っていた。
村人たちが訪れると、宿はまるで何事もなかったかのように見えた。
しかし、その部屋には、いつの間にか何もかもが失われた光景が広がっていた。
そして、宿の中には一つの音が残った。
「犠牲を忘れるな」という、静かで冷たい響きだけが…。
