「無垢の代償」

深い山間にある小さな村。
そこには古くからの言い伝えが残る神社があり、村人たちはその神社を信仰していた。
しかし、最近になって、神社の周りで奇妙な現象が頻発するようになっていた。

村に住む田中美咲は、都会からこの村に引っ越してきた新人の教師。
彼女はとても明るく、子供たちからも慕われていた。
しかし、美咲は村の伝説や神社について詳しく知らなかった。
ある日、美咲は生徒から神社にまつわる怪談を聞かされることになった。
生徒たちは口々に、「神社の境内で一度止まったものは、決して帰れなくなる」と真剣な顔で語り、自分たちの祖父母から聞いた話だと語った。

興味を抱いた美咲は、放課後に神社を訪れることにした。
日の沈む頃、薄暗い森の中を進むと、神社の静けさが彼女の心を包み込んでいく。
すると、突如として風が強く吹き荒れ、木々がざわめいているのを感じた。
美咲は不安になりながらも、続きを進む。
神社にたどり着くと、静かな境内は誰もいない。
その時、ふと「止まれ」という声が耳に届いた気がした。

驚いて振り返るが、誰もいなかった。
「これはただの風の音か」と自分に言い聞かせ、境内を散策していると、一枚の境内の石に目を止めた。
何かの刻印が彫られている。
それに見入っているうちに、彼女の体が急に重たくなり、動けなくなってしまった。
まるで、その石が彼女の足元を捕まえたかのようだった。

彼女は必死に抵抗しようとしたが、力が入らない。
「帰らなければ」と思ったとき、目の前に一人の女性が現れた。
彼女は薄い白い服をまとい、目は大きく開かれていた。
しかし、その表情は無気味な笑みを浮かべていた。
「あなたも、戻れなくなるのね」と彼女は呟いた。

美咲は恐れを抱きつつ、女性に向かって求めた。
「助けてください!私は帰りたい!」すると女性は静かに頷き、少し微笑んだ。
「帰れる方法がある。でも、それを知る代わりに何かを失うことになるわ。」美咲は迷った。
しかし、決して求められるものが何か考える余裕もなかった。

「何を失うのですか?」と美咲は尋ねた。
すると女性の声は凍るように冷たく響いた。
「あなたの無垢な心よ。」美咲は返事をすることができなかった。
なんとか脱出したい気持ちが勝り、彼女は答えた。
「それで私を助けてくれるのですか?」女性はゆっくりと頷き、霧のように消えていった。
その瞬間、彼女の目の前にあった石がピカリと光り、彼女は一瞬でその場所から弾き飛ばされた。

目を開けると、彼女は自宅の部屋の中にいた。
あの神社にいたのは夢だと思いたかったが、心の奥に重たいものが残っていた。
日常が戻ったかのように思えたが、何かが変わっていた。
美咲は周囲の人々と接するたびに、無関心で冷たいものに包まれた心を感じていた。
子供たちへの愛情が薄れ、日々の仕事も楽しみではなくなっていた。

彼女は真実の代償が重くのしかかっていることを感じる。
「私の心はもう戻れないのかもしれない」と、彼女はかすかに涙を流しながら思った。
神社の言い伝えは真実であり、彼女は無垢さを失ったまま、静かな村の日常を生き続けることになったのだった。

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