「炎が奪った記憶」

地の底に広がる、鬼の住処。
それは、人間の世界とは隔絶された、不気味で暗い場所であった。
この鬼の名は、貴之という。
彼は、かつて人間だったが、禁を犯し、鬼へと堕ちてしまった。

貴之は深い孤独感に苛まれていた。
彼はかつての仲間や家族を思い出し、後悔の日々を送っていた。
時が経つごとに、彼の心の中にある人間だった頃の思い出は薄れていき、同時に鬼としての本能が強まっていく。
知恵を持ち、人間を破壊する力を与えられた彼は、次第にその力が自分自身に向かっていくのを感じていた。

ある晩、彼はふとした好奇心から、心の奥底にしまい込んでいたかつての人間としての「思い」を探る旅に出ることを決意した。
この旅は、彼の過去を断ち切り、鬼として新たな存在へと変わる決意の証でもあった。

貴之は燃え盛る炎の奥へと足を進めた。
その炎は、彼の過去の思い出を象徴していた。
瞬間的に、彼の心の中に蘇る情景があった。
かつての仲間たちが笑顔で囲む食卓、彼の家族が寄り添っていた温かい寝室、そして鬼へと成り果てる前の日々の記憶。
炎はそれらの思い出を焼き尽くし、彼を引き裂くように燃え上がった。

「何故、私はこのようになったのか……」貴之は叫んだ。
その声は空虚な洞窟に響き、誰も彼の呼びかけに応える者はいなかった。

時が経つにつれて、彼はその炎から逃れられなくなっていった。
燃える感情、恨み、後悔、すべてが彼を呑み込もうとしている。
思い出はどんどん形を変え、彼の心を映し出す鏡となっていた。
彼は一人、独りでその破滅的な炎に耐え続け、涙を流すこともできなくなっていた。

ある瞬間、貴之は「断ち切る」決意を新たにした。
彼の中の鬼としての力を受け入れることで、取り戻せる人間としての「心」を捨てることを選んだのだ。
「もう、思い出を抱えたまま生きる必要はない。」

彼は炎に向かって走り込んだ。
自らを燃やし尽くし、自らの過去を完全に終わらせるために。
瞬間的に、彼はその効果を感じた。
体が燃やされる感覚は苦しかったが、その痛みは彼が望んでいた解放でもあった。

燃え上がる中、彼は自身の中で何かが断たれる瞬間を体感した。
彼の心の支配からは、過去の記憶が完全に消えていった。
しかし、その代わりに新たな鬼としての存在が芽生え始めた。

炎が消えた後、静寂が戻り、貴之は姿かたちを失っていった。
彼はもはや人間だった頃の彼ではない、新たな存在、鬼としての彼がそこに立っていた。
人間としての思い出を断ち切り、新しい運命を歩き始めることになった。

さらに深い洞窟の奥へと足を進める貴之。
その瞳には、今まで抱えていた悔恨は消え失せ、鬼としての力が宿っていた。
彼は独り立ち上がり、新たな冒険を求めて、無限の深淵へと進んでいくのだった。

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