港町の片隅、夕暮れ時の静まり返った海辺に、小さな灯台が佇んでいた。
灯台は何十年も前から使われていないようで、周囲には干からびた海藻や朽ち果てた漁具が散乱している。
その光景は寂しさを醸し出していたが、何よりも人々を惹きつけるのは、灯台にまつわる「犠牲」の伝説であった。
ある日のこと、大学生の健一は友人の翔太、由紀と共に港に遊びに来ていた。
その日もいつも通りの賑わいを見せる港町。
しかし、灯台のことを知っていた由紀は、肝試しをしようと提案した。
健一と翔太は最初はためらったが、結局は好奇心に負け、灯台に向かうことにした。
夕陽が海に沈むころ、三人は灯台の前に立っていた。
灯台は予想以上に高く、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。
ブラインドがかかった窓からは、内部の様子が一切見えない。
ただ、風が廻る中、何かが彼らを呼んでいるような気がしてならなかった。
「行こうか」と健一が言い、彼らは意を決して灯台の扉を開けることにした。
古びた扉は驚くほど簡単に開いた。
しかし、中に入った瞬間、冷たい空気がふわりと彼らを包み込んだ。
「やっぱり、ここは変だな」と翔太が呟いた。
暗がりの中、彼らはランタンの明かりで周囲を照らしながら、階段を上っていく。
上がるにつれて、様々な道具が散乱している様子が見えてきた。
古いウィンチや、錆びた釣り具、そして何かの包みをはじめ、何台もの小さな灯りが消えかけた状態で置かれていた。
さらに上に進むと、最上階には、かつて灯りを掲げていたと思われる部分があった。
しかし、そこには何もない。
ただ、曇ったガラス窓越しに見える外の景色が広がっていた。
海面が煌めき、波音が心地よく耳に響く。
しかし、その美しさとは裏腹に、どこか不穏な気配を感じた。
健一が窓の外を見つめていると、ふと海面で何かが光るのを感じた。
「見て、あれ!」と指差す。
しかし、友人たちはその光景を見ようとしなかった。
彼らはどこか怯えている様子だ。
「大丈夫、何もないって」と健一は言ったが、心の中には不安が渦巻いていた。
しばらくすると、彼らのもとに一陣の風が吹き込み、窓を叩く音が響いた。
その瞬間、灯台内が驚くほど静寂に包まれた。
由紀は「やっぱり帰ろう」と言ったが、健一はその場を動かない決心をした。
完璧に、灯台の存在が彼に強く訴えかけていたからだ。
「犠牲が必要なんだ…」と声がした。
その声はまるで彼らの心の奥底から聞こえるものだった。
驚いた健一は振り返ったが、翔太と由紀の表情はすでに恐怖に満ちていた。
「帰ろう、帰ろう、早く!」と翔太が叫んだが、その声はもう風にかき消されていた。
その時、健一は気づいた。
灯台のそれは彼を選んでいた。
そして、彼の周囲に置かれた道具が、皆が忘れ去られた「犠牲」の象徴であることを。
彼は友人たちを振り返ると、次の瞬間、自らの足元に転がる小さな瓶を見つけた。
無我夢中でその瓶を手に取ろうとしたところ、誰かの手が彼を掴んだ。
振り返った瞬間、彼の目の前にはかつての灯台守の姿が現れていた。
彼はその目でじっと健一を見つめ、「忘れないで、犠牲にされた命を」と語りかけた。
その言葉が響いた瞬間、影が健一の中に食い込んでいくのを感じた。
友人たちの叫びも次第に遠のいていく。
そして、灯台はまた一つの犠牲を必要としているという運命に染まった。
健一はその場を離れた後も、時々ふとした瞬間に灯台のことを思い出しながら生き続ける。
しかし、海の向こうには今、彼を待ち受ける何かが確かに存在しているのであった。