公は小さな町に住む31歳の教師だった。
彼は日々、子どもたちの成長を見守ることに喜びを感じていた。
町の外れには古びた灯台があり、彼はその灯台を訪れるのが好きだった。
灯りが点いているその場所は、どこか神秘的な空気を纏っているからだった。
ある晩、公は仕事を終え、いつものように灯台へ向かった。
季節は秋、夜空には星が瞬いており、潮の香りが空気に漂っていた。
彼は灯台の周囲を散策し、穏やかな波音に耳を傾けた。
しかし、いつもと違う何かを感じた。
灯台の周りには誰もおらず、普段の静けさとは異なり、どこか不穏な雰囲気が漂っていたのだ。
その時、公は灯台の中からかすかなささやき声を聞いた。
「ここに来ちゃダメだ…」という声だった。
驚いた公は恐る恐る灯台の扉を開けた。
内部は薄暗く、冷たい空気が流れていた。
古びた階段を上がり、灯が点る観測デッキにたどり着くが、そこには誰もいなかった。
すると、再びあのささやき声が聞こえた。
「助けて…」
公は心臓が高鳴るのを感じながら、声の方へ近づいていく。
すると、壁際に横たわる小さな影が目に入った。
それは、羽田という名のかつての生徒だった。
彼女は中学生の頃、学校でいじめに遭い、次第に自分を失ってしまった。
彼女は数年前に自ら命を絶ったという噂を聞いていたが、まさかこんなところでまだ生きているとは思わなかった。
「羽田、どうしてここにいるの？」公は声を震わせながら尋ねた。
羽田はゆっくりと顔を上げ、冷たい目を向けてきた。
「ここは生と死の狭間。私、普通の場所に戻れないの。ここから出られない…」
その瞬間、公は彼女の周りの空気が崩れるのを感じた。
灯台の壁が歪み、空間が不安定になっていく。
まるで、生と死が交じり合うような感覚が彼を襲った。
恐れを感じつつも公は、羽田を助けようと必死になった。
「何をすればいいの？どうしたら君をここから連れ出せる？」
彼女は涙を流しながら答えた。
「私を思い出して。私が生きていた頃のことを、忘れないで…」その言葉が響くと同時に、周囲の空間はますます崩れ始め、公はその場から逃げられなくなった。
彼女は自らの過去を恨むように、暗闇に引き寄せられていく。
「羽田！」公は叫んだ。
しかし彼女の姿はすでに消えかけていた。
公は必死に記憶を掘り起こし、彼女との思い出を巡らせた。
彼の教え子だった羽田の笑顔、彼女が夢中になっていたことや、学校行事で輝いていた瞬間を思い出す。
それが彼女を助ける鍵になるのではないかと信じた。
その時、羽田の声が再び耳に届いた。
「ありがとう、忘れないで…」彼女の声は悲しげで、だがどこか救いの道を示しているようだった。
すると、灯台が再び明るく照らされ、公はその光に引き寄せられた。
彼の目の前にあった暗闇が崩れ、羽田の姿が浮かび上がった。
彼女は微笑みながら、「もう大丈夫。私、もう行くから」と言った。
その言葉とともに、彼女の姿は光の中に溶け込むように消えていく。
公は何が起こったのか理解できなかったが、彼女の無垢な笑顔を最後まで見届けた。
その晩、公は灯台を後にしながら、心に重くのしかかる思いを抱えていた。
羽田を助けたことで生と死の狭間が澄み、彼女の笑顔が彼の記憶に永遠に生き続けることができると信じた。
公は生徒を思い出すことで、彼女が彼の中に生き続けることを願った。
灯台の光が消えることはなく、彼女はこれからもその場所で生き続けるのだろう。
