「火を見つめる老女の秘密」

ある架の村には、長い間語り継がれている怪談があった。
村の奥に住む老女は、村人たちから「火の女」と恐れられていた。
彼女は瘠せた体を引きずり、灰色の髪をいつも鬱陶しそうに背中に束ねていた。
年齢は誰も知らず、ただ彼女が過ごした長い年月だけが、その身に刻まれていた。

老女が住んでいる小屋の周りには、いつも煙の匂いが漂っていた。
その煙は、夜になると村全体に広がり、村人たちの不安を煽った。
老女は小屋の中で見えない力を操り、薪を燃やしたまま、誰にも出会おうとはしなかった。
そのため、村人たちは彼女に近づくことは滅多になく、恐れと興味の入り混じった状態で彼女を見つめるだけだった。

ある晩、村の若者たちが集まり、「火の女」の正体を確かめるために、彼女の小屋へと足を向けることにした。
「本当にあの女は、火を操る力があるのだろうか?」と彼らは興味津々だった。
しかし、恐怖心が走る中、彼らは意を決して一歩を踏み出した。

月明かりの中を進むと、老女の小屋は薄暗い影を落とし、奇妙な雰囲気が漂っていた。
数人が小屋の前で立ち尽くし、話し合いを始めた。
「本人に会わなければ、真相はわからない。中に入るべきだ」と先導役の少年が言った。
残りの若者たちは、一瞬のためらいを抱えつつも、彼の後に続いた。

小屋の扉をそっと開けると、そこには全く異なる世界が広がっていた。
壁は炭が黒く染まり、天井には無数の異様な形の火が舞っていた。
老女はその中心で目を閉じ、両手を伸ばして炎を見つめていた。

「あなたが火の女なの?」と少年が聞くと、老女はゆっくりと目を開けた。
彼女の目は、どこか遠くを見つめているようだった。
「私は見ている。見つめている火を通して、全ての記憶を感じ取ることができるのだ」と彼女は呟いた。

彼女の言葉に、若者たちは興味を持ったが、同時に恐怖感も覚えた。
本当に火を操る力があるのか、彼女の言葉には何か秘密が隠されているのではないか。
お互いの目を見交わし、不安を募らせた。

その時、老女は再び声を発した。
「あなたたちは、私の火を見に来たのだろう。だが、火を見た者には償いが必要だ」と彼女は言った。
その言葉とともに、周囲の火がゆらりと揺れ、彼らは一瞬の不安に襲われた。

「償いって、何なの?」と少年が尋ねると、老女は微笑んだ。
「それは、過去の失われた思い出。それが何であるかはあなたたちの心の中にあるはずだ」と答えた。
若者たちは互いに目を合わせ、心の奥にしまい込まれた暗い過去が脳裏に浮かび上がった。

一人の青年がついに口を開いた。
「僕たちの友人が亡くなったときのことだ。私たちは、彼を助けることができなかった」と語り始めると、他の若者たちも次第に自身の秘密を打ち明けるようになった。
彼らはそれぞれが心に抱える苦しみを語り、やがてその思い出に直面することとなった。

その時、老女は再び目を閉じ、火を強く見つめた。
小屋の中にいる者たちは、彼女の周りの火が次第に強く燃え上がるのを見た。
彼女の言葉が響く。
「その思い出は重いものだ。消えてしまうことはできない。だが、あなたたちがその思い出を受け入れたなら、火はその影を照らすだけになるだろう」

若者たちは、火を見つめつつ思い出を受け入れ、そして自分たちに向き合った。
その瞬間、彼らの心の中の暗い過去が少しずつ解放されていくのを感じた。

老女はゆっくりと火を消し、扉を開けた。
村外れの夜空が広がり、四方に広がる星々が彼らを優しく見守っていた。
「見えないこともあれば、見えることもある。火が教えてくれたのは、誰もが自分自身の過去と向き合いながら生きていかなければならないということだ」と静かに言った。

若者たちは、村へ帰る道中、自身の過去に対する思いを抱えながらも少しずつ前を向くことができた。
老女の言葉と火の教えが、彼らの心に深く刻まれていた。

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