抱(たくむ)は、若い頃から冒険心に溢れた性格だった。
何にでも興味を持ち、いつも新しい体験を追い求めていた。
友人たちからは「火をつける男」と呼ばれていた。
それは彼の性格から生まれたあだ名であり、どんな状況でも火を使って人々を楽しませたり、興味を引いたりしていたからだ。
ある日、抱は自らの冒険心を満たすため、山奥にある廃村に向かうことにした。
村はかつて、火事によって焼失したと伝えられ、今では誰も住む者はいなかった。
抱はそんな村に好奇心をそそられ、訪れることを決意したのだ。
村に着くと、彼は周囲の静けさに圧倒された。
かつての家々は焼け焦げて、残骸が散乱している。
火によって奪われた命や思い出が、今も静かにそこに残っているような印象を受けた。
しかし、抱はその静寂を心地よく感じ、村を探索することにした。
彼は焼けた家々の跡を歩きながら、ふと目を留めたのは、村の中心にある小さな神社だった。
かつて消防団がこの地を守るために建てられたというが、今は傷んだ木の柱が傾き、まるで怨念が宿っているかのようだった。
興味をそそられ、抱は神社に近づいた。
神社の前に立つと、彼はまるで過去の炎の声が聞こえてくるような気がした。
「ここには何があるのだろう?」と心の中で思いながら、火を使って周囲を照らすことにした。
持参したライターで小さな火をともすと、瞬間、村の薄暗さが和らいだ。
だが、その時、異常な寒気が体を襲った。
抱は周囲を見渡し、何かが彼を見ているような感覚を覚えた。
そこで、彼は神社の中に入った。
内部は更に暗く、不気味な雰囲気が漂っていたが、抱は好奇心に勝てず、その奥へと進んだ。
神社の奥に進むにつれ、壁には火事の痕跡が色濃く残っていた。
次第に頭の中に疑問が浮かぶ。
なぜ、つい先ほど火をともしたのか?それによって何が呼び起こされるのか?否応なく、その意識は彼を恐怖へと導いた。
急に背後から「助けて」という声が響いた。
それは誰かが命乞いをしているようにも聞こえた。
驚いて振り返ると、そこには人影が立っていた。
炎に包まれた姿が歪んで見え、抱は思わず後ずさった。
彼はその瞬間に火の愛好者であることを後悔した。
冒険心が引き起こした結果が、彼にとって恐ろしい現実だった。
人影は前に出ると、焦げた顔で抱を見つめていた。
彼はその声を再度聞く。
「癒して…私を癒して…」その言葉が耳にこだまし、彼は目の前の存在が求めるものを理解した。
過去にこの村で失った命たちの苦しみ、悲しみが今も続いていることに思い至った。
抱はこの状態から逃げ出したい衝動に駆られたが、それができなかった。
彼は「どうすればいい?」と問いかけたものの、答えは何も返ってこなかった。
代わりに、炎の影がどんどん近づいてくる。
彼はその恐怖に押しつぶされる思いで、心の中で叫んだ。
「ごめんなさい、全てを忘れたい!」
その時、気付けば彼のライターが消え、暗闇が再び彼を包み込んだ。
背後からは悲しげな声だけが響いていた。
「癒して…私を癒して…」
抱はその後、村を離れたものの、その体験は彼の心の奥に消えずに残った。
山の静寂や、かつての命の無残さ、火によって引き起こされた悲しみ。
彼はそれらを忘れず、ただ日常の中で自分を守ることを選んだ。
彼の心の中の炎は、もう二度と燃え上がることはなかった。