「漁火館の呼び声」

海に囲まれた小さな漁村、そこには一軒の古びた宿があった。
宿の名は「漁火館」。
長い間、漁師たちが海の幸を求めて泊まりに来る場所であり、彼らの心を癒してきた。
だが、村の人々はこの宿にまつわる不気味な噂を薄々感じていた。
彼らの話によれば、かつてこの宿で漁に出た若者が行方不明になり、その魂が今もなお海に漂っているという。

ある夏の夜、都会から訪れた若いカップル、直樹と美咲は、漁火館に宿泊することに決めた。
海に沈む夕日を見ながら、彼らは心地よい疲れを感じていた。
翌日の早朝には、釣りを楽しむ予定だった。
宿の主人は年老いた漁師で、彼の話を聞きながら、食事を楽しむことにした。

「ここには、忘れられた若者の話があるんだよ。彼は毎晩、漁に出て、戻らなかった。以来、彼の魂は海を漂っていると言われている。」主人は静かに語りかけた。
美咲は驚きながらも興味を抱いた。
「どうして彼は戻らなかったんですか?何があったのですか?」直樹が尋ねると、主人は続けた。
「彼はとても真面目な漁師だったが、ある晩、嵐に遭ってしまった。村の者は彼を探したが、見つからなかった。」

その話を聞くと、直樹は胸が高鳴るのを感じた。
魅了された彼は、翌朝、宿を出てすぐに海へ向かうことに決めた。
美咲は少し不安を感じていたが、直樹の反応を見てあえて口に出すのをやめた。

翌朝、直樹は早起きし、海岸に沿って釣りを始めた。
美咲は宿のテラスでノートを取り出し、直樹の様子を見守っていた。
しばらくすると、直樹の顔がいつもとは違う表情を見せた。
「美咲、見て!何かが浮かんでる!」彼が手を振り上げると、美咲も急いで近づいた。
波の先に、微かに光るものが見える。

直樹はその光に引き寄せられるように海へ足を踏み入れた。
美咲はあわてて止めようとしたが、直樹は茫然とした表情で、水中を見つめていた。
「何かが、何かが僕を呼んでる…」彼は再び言った。
美咲は恐怖を感じながら、「直樹!戻ってきて!」と叫んだ。
それでも直樹は動かなかった。

ついに、直樹は水の中から何かを引き上げた。
それは朽ちかけた漁具で、予想以上に重たそうだった。
直樹はその漁具の中から、青白い光を放つ何かを見つけた。
瞬間、直樹の表情が変わり、「美咲、これ…」と反応する。
彼はその光を掴むと、突然、彼の目の前に一人の若者の姿が現れた。

「私を、助けて…」その声は風に乗って響き、直樹の心を揺さぶる。
美咲は驚き、恐れが一気に広がった。
若者の姿は薄れ、波間に消えそうになるが、直樹だけはその声に抗えずにいた。
「君、誰だ?」と彼は問いかける。

「僕はこの海に縛られた魂。長い間、漁に出たまま戻れずにいる。君には選択権がある。僕の魂を解放成すための助けが必要だ。」その言葉に、直樹は不安と興奮が交錯する。

「どうしたらいいんだ?」直樹は焦り、答えを求めた。
「この漁具を、海に還してほしい…それが僕のどこかでの自由をもたらす。」直樹の手には漁具が重くのしかかった。

美咲は恐れに震えながらも、直樹の決意を感じた。
「それをやってしまえば、あなたも…」と彼女はつぶやいた。
直樹はその時、自分の心から不安を振り払った。
「大丈夫だ、彼を自由にしてあげたい!」

二人は手を繋ぎ、漁具を海に投げ入れた。
次の瞬間、若者の姿がふっと明るい光に変わり、直樹と美咲の目の前で消えていった。
波は静かに、海へと戻っていった。

その後、直樹は自身の選択を思い出し、その瞬間には心の安らぎを覚えた。
しかし、漁火館に戻ると、宿の主人の隙間から不気味な声が聞こえた。
「また新しい魂を迎え入れたか…」その言葉に、直樹は宿の不気味な雰囲気を再認識した。
彼らは一度きりの冒険を終えた後、二度とその宿には戻らないことを心に決めた。
だが、宿の影に潜む魂の話は、彼らの心に深く刻まれていくのだった。

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