静かな山間の村、八坂には温かみのある人々が住んでいた。
しかし、近年その村で奇妙な現象が頻発するようになり、村の外から訪れる者は誰もその地を訪れなくなった。
村人たちは恐怖に包まれ、次第にその恐怖が日常の一部となっていた。
村の近くには「滅の木」と呼ばれる古木がそびえていた。
村の伝承によれば、滅の木には人々の意識をつなぐ能力があり、その木の根元で自らの心を開くことで、過去の辛い記憶を受け入れることができると言われていた。
しかし、それを実行した者は必ず何かしらの代償を支払わなければならなかった。
ある晩、村の若者、佐藤陽介はその滅の木に導かれるように足を運んだ。
彼は数年前に起きた大火災で、自らの無力さを痛感していた。
火災の結果、村の一角が焼き尽くされ、多くの大切な人々が命を失った。
陽介はその夜以降、自分に何もできなかったことを悔い、夢にうなされ続けていた。
滅の木の前に立った陽介は、自身の過去を思い起こしながらその木に手を伸ばした。
木の肌は冷たく、触れた瞬間、彼の心がざわめき、彼の過去の記憶が一つ、一つ浮かび上がってきた。
「あの時、君を助けられなかった…」彼は心の中で声を上げた。
すると、周囲が急に暗くなり、陽介は不安に駆られた。
次の瞬間、彼の前に、一人の女性が現れた。
彼女の名前は美咲、火災で命を落とした村の友人だった。
陽介は深い悲しみの中、「ごめん、美咲。君を救えなかった」と叫んだ。
美咲は微笑みながら言った。
「あなたが私を助けようとしたことは、知っているよ。でも、過去のことに捉われないで。受け入れて、進むべきだよ」。
その言葉は陽介の心に重く響いた。
彼は何度も首を振り、自分の無力さから逃げるように後退した。
しかし、美咲は彼を引き止めるように近づいてくる。
「でも、逃げてはいけない。私たちの思い出や、悲しみを受け入れることで、初めてそして自由になれるんだ」と彼女は言った。
その瞬間、滅の木がざわめき、高い歓声のような音が響いた。
陽介は圧倒され、動けなくなった。
木に引き込まれるように感じ、彼は次第に意識が遠のいていった。
気がつくと、陽介は見知らぬ世界に立っていた。
周囲には失われた命たちの姿があり、彼らは彼を見つめていた。
美咲はその中で微笑んでいる。
「ここが、私たちの意識が交わる場所。みんな辛い思いを抱えているけど、手を繋いで支え合うことができる」
陽介は驚いた。
「これは…夢?」しかし、体感的には明確に現実だった。
「ここで、過去を受け入れれば、私は解放される。あなたも、昔の自分を受け入れることができる」。
美咲の言葉は彼の心に響いた。
彼は深呼吸し、火災の日をもう一度思い出した。
「私があなたを救えなかったこと、もう一度思い出す。…そして、許す」
すると、一瞬の静寂が訪れた後、周囲の光が変わり、他の亡くなった人々が彼を囲み始めた。
陽介の心の中にあった重荷が徐々に解けていくのを感じた。
彼は涙を流し、「ありがとう」と呟いた。
しかし、消えてしまいそうな思い出との葛藤が彼を襲った。
彼は更なる代償を要求されるのではないかと恐れたが、周囲にいる彼らの顔が、彼に「進むべきだ」と告げているように思えた。
陽介は心を落ち着け、自分の過去を受け入れる決意を固めた。
その瞬間、失われた自分と向き合う勇気が湧き上がり、彼は新たな一歩を踏み出した。
周囲の光がさらに濃くなり、彼は心の中から解放されたような感覚を覚えた。
目を開けると、彼は滅の木の前に戻っていた。
新しい朝の光が彼を包み、陽介は落ち着いた心でその場を立ち去った。
もう一度、あの木に近づくことはないだろう。
村に帰ると、彼はこれからの未来に胸を膨らませるのだった。