村の外れの湿った森にひっそりと佇む一軒の古びた家があった。
若い夫婦、慎司と美沙は、そこに新たな生活を始めようと引っ越してきた。
しかし、彼らが気づかないまま、家は何かの「い」を宿していた。
引っ越して日が経つにつれ、夫婦は奇妙な現象に悩まされるようになった。
夜になると、湿った空気の中に微かに聞こえる低い唸り声。
この声は、ただの風の音かとも思ったが、次第にその音は人の声に変わっていく。
美沙の夢の中には見知らぬ女性が現れ、その女性は彼女にむかって「早く、お返しして」と呟くのだった。
ある晩、美沙はその夢の中で目を覚ますと、家の中に異様な気配を感じた。
薄暗い廊下を歩くと、彼女は瞳が光る目を持つ鬼が現れるのを目撃する。
長い爪が彼女の肩に触れそうになった瞬間、美沙は悲鳴を上げ、その場から逃げ出した。
鬼の存在は、彼女に「何か大切なものを奪ったのではないか」という不安を煽るのだった。
慎司は信じなかった。
彼は仕事で忙しく、美沙の話を軽視していた。
しかし、次第に彼も同じような夢に悩まされるようになった。
夢の中の鬼は、美沙のことを指差しながら語りかけた。
「彼女には私が必要だ。返してほしい。」
ある晩、慎司は思わず「何を返せばいいのか分からない!」と叫んだ。
その瞬間、夢の中で鬼は優しい笑みを浮かべて言った。
「あなたの心の中の「再」生を、彼女に与えてほしい。
」
目が覚めると、慎司は自分の心の奥深くに潜む何かに気づいた。
それは、忙しさの中で忘れていた「愛」と「思いやり」だった。
彼は急いで美沙のもとへ走り、彼女を抱きしめながら「こんなに大切なことを忘れていた」と告げた。
その瞬間、湿った空気の中が変わった。
そして、急に鬼の姿が現れたかのように視界がぼやけた。
鬼は彼らの目の前に立ち、「ようやく気づいたか」と微笑んだ。
慎司と美沙は体が震えたが、彼らは互いに手を取り合った。
「あなたたちが一つになれば、私も消える。怯えずに進んで、愛し合うのだ」と鬼は言った。
彼らはおそるおそる、その言葉を信じることにした。
二人は心を一つにし、再び愛し合うことを誓った。
翌日、森の湿った空気はすっかり変わり、見上げると空は青く晴れ渡っていた。
その晩、二人はぐっすりと眠りについた。
夢の中で鬼が姿を現し、今度は優しい笑みを浮かべていた。
「善き答えを出したな、これからはお互いを大切にしなさい。」
目が覚めたとき、彼らは驚いた。
鬼の存在はもはや感じられず、家の中には穏やかな雰囲気が漂っていた。
慎司と美沙は新たな生活を始める準備をしながら、鬼の言葉を思い出し、心の奥底でつながっていることを確かめた。
それ以来、彼らは湿った森の中で再生を誓った毎日を送った。
鬼が教えてくれた愛の大切さを胸に。
彼らの心には、今もあの鬼の笑顔が宿り、二人に幸福をもたらしていた。