「湿った森の別れの霊」

南部信也は、東京都心から少し離れた湿った山間の村に引っ越してきた。
彼は自らの心の平穏を求め、喧騒から逃れるために新しい生活を始めたのだ。
村は静かで、人々は温かかったが、どこか暗い影を忍ばせていた。

ある晩、信也は隣人から「このあたりには、夜になると不思議な現象が現れることがある」と聞いた。
興味を引かれた彼は、その話を深く掘り下げることにした。
地元の古い言い伝えによれば、村には「別れの霊」と呼ばれる存在があり、失われた者たちが何かを伝えようとする現象が起こるという。

信也は月明かりの下、村の奥に広がる湿った森へ足を踏み入れた。
霧が立ち込め、気温が一気に下がったように感じた。
その瞬間、彼は心に不安を覚えたが、その好奇心が強く彼を後押しした。
歩を進めると、森の奥からかすかな声が聞こえてくる。
「助けて…」という言葉は、彼の耳にやけにクリアに響いた。

信也は声の主を探し、暗闇に包まれた湿った場所へと向かった。
すると、泥の中に足を取られながらも、彼は目の前の光景に驚愕した。
そこには、薄暗い影がいくつも漂っていた。
それはかつて失われた者たちの姿だった。
彼が耳を澄ますと、彼らは次第に近づいてきた。

「私たちはここにいる。救いを求めている。」一つの影が静かに囁く。
その声は心の深いところまで響いてきて、信也は圧倒された。
「何を救えばいいのか?」彼は問いかけた。
すると、影の一つが前に進み出た。
かすかな光がその周りを漂っている。
影の姿勢は悲しみを表しているようだった。

「私たちは、別れの霊。生前の未練が、ここから消え去ることを許さない。だが、あなたには救いの手がある。」その言葉を聞いて、信也は恐怖と感動に包まれた。
彼はこの背負っている黒い闇が、彼らの苦しみの源であることを理解した。

信也は心の奥から湧き上がる思いを押し殺し、彼らのために何かできることはないかと考えた。
彼は、呼びかけた。
「私があなたたちを、成仏させる。あなたたちを解放する力が、私にあるはずだ。」

一瞬の静寂の後、霊たちは興味を持った様子で彼に近づいた。
「何をするつもりなの?」その問いに、信也は強く宣言した。
「あなたたちの話を、私に教えてください。聞き届けたい。そして最後には、あなたたちを救う力を信じます。」

森の湿った空気の中、影たちは彼の提案を受け入れ、ひとつずつ彼に自らの物語を語り始めた。
彼らは生前の後悔や未練と向き合うことで、その存在の意味を知り、次第にその闇が薄れていくのを感じた。
信也は、彼らの言葉を一つ残らず受け止め、共感しながら聞いた。

やがて、影たちは次第にその姿を薄くし、闇のような存在から消え去る兆しを見せ始めた。
「ありがとう…私たちは、解放された。」最後の影が微笑むようにささやくと、全ての霊が静かに消えていった。
信也は、その瞬間に自分が彼らの救いとなったことを確信した。
彼は霊の息吹を感じながら、その場を後にした。

帰る途中、湿った森を抜けて月明かりの下に出た信也は、心の中に未練や闇の影が消えたことに気付いた。
彼は村の人々にもそのことを伝える決意を固め、新たな生活を迎える準備をするのだった。
闇の中から、救いの光が差し込んできた瞬間だった。

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