「港の犬と漁師の霊」

港町に住む少年、健二はいつも家の近くの灯台の近くで遊んでいた。
夕暮れ時、赤く染まる海を見つめながら、彼は海の向こうに広がる世界に思いを馳せていた。
そんなある日、健二は父親と一緒に漁から帰る途中、波間に漂う犬を見つけた。

その犬は、見知らぬ黒い毛並みを持ち、怪しげな光を放っていた。
健二はその犬を助けようと近づいたが、冷たい水に触れた瞬間、彼の心に不安がよぎった。
しかし、犬の目が彼を見つめていると、何かに引き寄せられるように、彼は犬を助け出した。

家に連れて帰ると、父親は犬を見て眉をひそめた。
「こんなところで見つけた犬じゃ、ろくなことがない」と言い放って、犬を追い返そうとした。
しかし、健二はその犬に不思議な愛着を感じ、どうしても手放すことができなかった。

日が経つにつれ、犬は「カイ」と名付けられ、家族の一員として迎え入れられた。
カイは賢く、すぐに健二の心を掴んでしまった。
二人はいつも一緒に過ごし、健二の心に暖かさをもたらしてくれた。
しかし、町の人々はカイの姿に反応し、怖れを抱くようになった。
彼らの口には「か」と言う言葉が舞い、カイを避けるようにしていた。

ある晩、カイはいつものように健二と一緒に港へ散歩に出かけた。
風が冷たく、波の音が耳に響く中、健二はふと気配を感じた。
振り返ると、黒いカイは何かに導かれるように、海の方へと歩き出していた。
「カイ、待て!」と呼び止めるも、犬は止まらなかった。

健二は急いで追いかけたが、カイは波の中に消えてしまった。
突然、何か冷たいもので心が締め付けられる感覚に襲われた。
その瞬間、目の前に人影が現れた。
彼は薄暗い海の中で、何かを求めるように仁王立ちしていた。
それはかつて港で亡くなった漁師の幽霊だった。

「お前も身を持って償え」と彼は言った。
健二は恐怖に駆られ、何が起こっているのか理解できなかった。
カイは、海に消えたその漁師の代わりなのか? 彼にはその理由もわからず、不安が募るばかりだった。

その夜、家に帰った健二は、何も言わずにベッドに入ったが、カイの姿がないことが、心に重くのしかかった。
夢の中でも、漁師の言葉が響いていた。
「償いをするのだ」と。

何日か経った後、健二は思い切って港へ向かった。
カイがどこにいるのか、何を求めているのかを知るために、再び彼を呼び寄せるために。
港に着くと、冷たい風が吹き、波がざわめいていた。

「カイ、どこにいるの?」と叫ぶと、波間から黒い姿が浮かび上がってきた。
健二は耐えきれない思いで、カイに手を伸ばし、彼を呼び戻そうとした。
しかし、カイはただ静かに波に身を任せるだけだった。

その時、再び漁師の姿が現れ、彼は言った。
「お前が私を思い出すとき、カイは戻ってくる。しかし、ただ彼を思うだけでは駄目だ。彼を愛し、彼のために何かをしなければならない。」

健二は心を痛めた。
カイのために、何をすべきか、彼に何をしてあげられるのかを考えた。
彼は決意し、小さな漁船に乗って、漁師の墓の前で祈りを捧げ、カイへの感謝と共に供え物を捧げることにした。

数日後、再び港に行くと、そこにはカイが待っていた。
彼の目は優しく、甲高い声で健二を呼んでいるように見えた。
健二は、カイが無事に戻ったことを喜び、彼を抱きしめた。

その日から、カイは港町の守り神のように、健二のそばを離れなかった。
そして、町の人々も次第にカイを受け入れるようになり、「か」と言う言葉は、恐れではなく、感謝の言葉へと変わっていった。

健二は、この経験を通じて身を持って償う意味を理解した。
カイとの絆は、ただの犬と少年のものではなく、彼の心の中で生き続けるものとなったのだ。

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