夜の帳が下りると、都会の喧騒は次第に静まり返り、不気味な静寂に包まれる。
そんなある晩、佐藤幸恵は疲れ果てた心を癒すため、彼女の大好きな和室で一人、くつろぎの時間を過ごしていた。
障子の薄明かりの中、彼女は「瞳」と呼ばれる小さな絵画を見つめていた。
それは、彼女が数年前に訪れた古い美術館で購入したもので、練りきりのような精巧な色合いで描かれた、一対の目を持つ妖艶な女性が描かれていた。
この絵には、奇妙な噂があった。
見る者はその幻想的な瞳に引き込まれ、夢の中でその女性と交わることで、次第にその存在に縛られていくというものだ。
幸恵は気にしなかったが、心の奥底ではこの絵に何か神秘的な力が宿っているのではないかと感じていた。
その晩、幸恵はいつものように眠りに落ちた。
しかし、夢の中で彼女は絵の女性と出会った。
優雅な佇まいで幸恵の前に立つ彼女の瞳は、まるで深い海のようだった。
その瞳は彼女を呼んでいるかのようで、幸恵はつい、その視線に吸い寄せられる。
気がつくと、彼女はその女性の周りをぐるぐると廻るように歩いていた。
「私の虜になりたいの？」女性は微笑んで言った。
幸恵はその問いかけに戸惑いながらも、何かに導かれるように頷いた。
「さあ、私を解き放って。あなたの内なる力を感じさせて。」女性の声は甘美であり、幸恵はいつの間にか自分が彼女の力に縛られていることを悟った。
夢はやがて現実と交錯し、幸恵はそれから毎晩同じ夢を見るようになった。
彼女は次第に女性の存在に惹かれ、昼夜問わず絵を見つめ、その瞳の魅力に取り込まれていく。
物事が明らかにおかしいと感じ始めたのは、日々の生活の中で他の人々との交流が薄れ、彼女の精神が削られていくことに気付いたからだった。
そしてある晩、幸恵は決意した。
このままではいけない。
彼女は夢の中の女性に立ち向かうため、特別な瞬間を作ることにした。
その日は満月。
古い言い伝えに従って、彼女は自らの命を賭け、あの女性に立ち向かうことを決意した。
絵の前に座り、心の中で呪文を唱えた。
すると、周囲の空気が震え、暗闇に混じって女性の姿が現れた。
幸恵はその瞬間、彼女の瞳に引き込まれ、意識が朦朧としていくのを感じた。
「もう、私から逃げることはできないのよ。」女性は微笑んで言った。
その言葉に、幸恵の心は恐怖で満ちる。
しかし、彼女は決意を固め、力強く女性を見つめ返した。
「私はあなたに縛られない。私は私自身の命を全うするためにここにいるの。」そう言うと、幸恵は自らの心の奥に封じ込めていた力を開放した。
夢の力を使い、女性を解き放つことで自分自身も本来の姿に戻るために。
すると、女性の瞳の中に、幸恵の意思が溶け込んでいくのが感じられた。
幻想的な光が周囲を包み込み、やがて女性の姿は消え去り、彼女の目の前には静かな空間だけが残された。
幸恵はこの瞬間、自分を取り戻したことを実感し、深い安堵感に包まれた。
しかし、彼女は忘れてはいけない。
あの女性はまだどこかで存在しているかもしれないから。
そのことが、幸恵の心に一抹の恐れをもたらした。
