夜深い静けさが包み込む山奥の村に、村田という名の青年が住んでいた。
彼は日常の忙しさから逃れようと、休日には一人でハイキングを楽しむことが趣味だった。
この日も、彼は人里離れた古びた神社を目指して、山道を登ることにした。
神社にたどり着くと、周囲はひっそりとしていた。
木々の間から差し込む淡い光が、境内を柔らかく照らしている。
村田はその光景に心を奪われ、しばらくの間、ただ立ち尽くしていた。
神社の前に佇む石碑には「守られる者に涙を与えよ」と刻まれているのが視界に入った。
その警告文を読んで、彼は不思議な感覚を覚えた。
まるで何かが彼を呼んでいるかのようだった。
彼は境内に足を踏み入れると、空気がひんやりと変わったのを感じた。
抑えきれない興味に駆られ、彼は神社の奥へ進んでいく。
すると、不意に叫び声のような音が耳に入ってきた。
声の主を探すため、村田はゆっくりと周囲を見渡した。
すると、薄暗い木立の向こうから、かすかに女の姿が見えた。
彼女の名前はさゆり。
かつてこの村に住んでいた美しい女性で、悲しみに暮れて人々の記憶から消えてしまったと言われている。
村田はさゆりの瞳の奥に何か強い感情を感じた。
彼女は涙を流していた。
その涙はまるで星のように美しく、何かを訴えかけているかのようだった。
「私は、悲しみを抱えているの」と、さゆりは囁いた。
村田はその声に引き寄せられるように、一歩踏み出した。
「あなたは、私の涙を受け入れてくれる?」彼は何も言えず、ただ頷いた。
この瞬間、彼の心の奥に埋もれていた恐れや不安が溶け出していくのを感じた。
ところが、さゆりの無邪気な微笑が次第に曇っていく。
彼女は「私はあなたと共にいることができない。私の涙には、私の運命が宿っているから」と続けた。
その言葉に、村田は強い後悔の念に襲われた。
彼女が泣いていたのは、自分の苦しみを癒してほしいからだと思ったが、実際は彼女の運命を呪っている涙だったのだ。
次第に、村田の周りの空気が重くなり、さゆりの姿が薄れていく。
「間に合わない。私の涙が止まる前に、あなたにはこの間を裂いてほしかった」と彼女は言った。
村田は何かできることがないか必死に考えたが、どうすることもできなかった。
彼女の目からさらに涙がこぼれ落ち、その瞬間、村田自身の心の中にも涙が込み上げた。
「私の涙は、あなたの心の痛みに寄り添うためのものでした。どうか、私の存在を忘れないで」と言い残し、さゆりはすっと消えてしまった。
村田は彼女の残した涙を手に取ると、一瞬の悲しみが胸を締め付け、その感情に包まれてしまった。
神社を後にするころには、彼は自分の涙がさゆりの涙と同じ色をしていることに気付いた。
その涙は彼自身に「間」を作り出し、彼女の運命を理解する手助けとなる予感がした。
村田はもう二度と神社には訪れないだろう。
彼は、さゆりの存在を心に刻み込みながら、彼女の涙を忘れないと心に誓った。
村田が振り返ると、神社の周囲はいつの間にか闇に包まれていた。
彼は一人、山道を下ることにしたが、その心には永遠にさゆりの涙が残り続けるのだろう。
彼の涙とさゆりの涙、二つの悲しみが交わることで、彼は彼女の運命を少しでも理解できるのかもしれなかった。