静かな夜、町は静まり返り、月明かりが薄く道を照らしていた。
この町には「消える人」という噂があった。
数年前、集落の一角で若い女性が忽然と姿を消したことがきっかけだった。
彼女の名前は美咲。
彼女は集落の人々から愛され、明るい性格で知られていたが、ある晩、彼女が帰らないまま行方不明になってしまったのだ。
美咲の失踪事件は周囲に深い不安をもたらした。
人々は「あの町には何かがある」と語り始めた。
さらにその後、他の数人も同様に姿を消す事件が起こり、町は次第に不気味な雰囲気に包まれていった。
人々は恐れ、不安から助け合うことさえやめてしまった。
すべての人が影に隠れ、目を合わせることさえ憚っていた。
そんなある日、大学生の進(しん)は友人の健太(けんた)と共に、この集落を訪れることにした。
噂に興味を持っていた進は、昔話や怪談が好きだったからだ。
一緒に来た健太は、恐怖心よりも興味に駆られていた。
「本当に消える人なんているのかな?」進が言った。
「いないって。噂だろう?」健太は笑いを誘うように答えた。
しかし、その笑みの背後には無意識の恐れが潜んでいた。
彼らは夜が深まるにつれて、町の中心へと向かっていった。
周囲は静まり返り、時折風が通り過ぎる音が響いていた。
次第に、彼らは人影がまったくないことに気づく。
「こんなに人がいないなんておかしいな。」進が言った。
「少し怖いね。」健太は視線を落とした。
二人は町の奥にある小さな神社へ向かった。
そこは美咲が失踪した場所と噂されていた。
神社に着くと、神社を囲む樹木が不気味な影を落としていた。
彼らは一瞬立ち止まり、和やかな雰囲気とは裏腹に心の奥に恐怖が広がっているのを感じた。
進は腕を組んで神社の中を覗き込んだ。
「誰かいるかな?」進が呼びかけた。
だが返事はない。
健太も不穏な予感に襲われ、後退りしそうになったが、進が先に行こうと強引に踏み出した。
神社の中はひんやりとしており、古びたお札が壁に張られたまま朽ち果てていた。
進は不気味な雰囲気に胸が高鳴り、不安を抱えながらも一歩ずつ進む。
しかし、健太はその場に留まって音を立てていた。
「やっぱり帰ろうか。」健太が言ったが、進は答えずに奥へと進んだ。
進の心の奥には、美咲が消えた時の出来事が描かれ始めていた。
そのとき、急に氷のような冷気が流れ、健太は振り返った。
「進、何かいる!」
健太の目には、木の影に人影が見えた気がした。
瞬間、進が悲鳴を上げ、おろおろしながら振り返った。
暗闇の中、奇妙な声が聞こえた。
「消えろ…消えろ…」この声には不思議な魅力があり、二人はそれに引き寄せられていく。
進は恐れた。
「早く逃げよう。」二人は神社から逃げ出すことにした。
しかし、空気が重く感じられ、背後から何者かが迫ってくるようだった。
まるで影の中から、誰かが彼らを追いかけてくるかのようだ。
町にたどり着いた彼らは、しばらくの間、息を整えた。
しかし、進の様子はどこかおかしい。
彼の目は虚ろで、力が抜けていた。
「進?」健太が呼びかけると、進はただ微笑むように返した。
その晩、進は次第に言葉を失い、健太との会話からも少しずつ消えていく。
数日後、彼は極度の疲労感に襲われ、学校に行けなくなった。
噂を耳にした友人たちは心配したが、進の心には神社での出来事が残るばかりだった。
そして、やがて進もまた姿を消した。
この町には、消えた美咲の影が色濃く残り、彼女を求めるように他の人々も次々と消えていくのだった。
彼らが感じた恐怖は、ただの噂ではなく、消えていく者たちの宿命として永遠に残り続けた。