ぶ、という名の小さな町には、長い間語り継がれている伝説があった。
その町の中心には古びた神社があり、そこで行われる祭りの夜には必ず不思議な現象が起こるとされていた。
特に注目されるのは、「消える祭り」と呼ばれる行事だった。
この祭りでは、参加者の魂が一時的に神社の神々と交流することができると言われており、しかし、その代償に一人の参加者の魂が消えてしまうこともあるという。
この噂を耳にしたのは、高校生の佐藤健太であった。
彼は友人たちと一緒に祭りを楽しみにしていたが、その裏に秘められた恐怖に少し心がざわついていた。
「そんなの、ただの噂だろ」と友人の中村涼子が彼を励ますように言った。
「私たちが行けば何も起きないよ、きっと。」
祭りの日、町は賑わい、色とりどりの提灯が連なり、夜空を照らしていた。
健太と涼子は神社の参道を歩き、周囲の雰囲気に少し興奮していた。
しかし、神社に近づくにつれて、何かが彼らを引き留めているような気配を感じた。
神社の入り口で出会った地元の老人は、二人を見て言った。
「祭りに参加するなら、何かを失う覚悟が必要だ。」
健太はその言葉を軽く流しかけたが、涼子は何だか惹かれてしまった。
「やってみようよ。大丈夫、私たちがいれば怖くないから。」彼女の明るい笑顔に押され、健太は渋々同意することになった。
そして、二人は祭りの中心で行われる儀式に参加することにした。
祭りが始まり、神社の周囲には若者や子供たちが集まり、各々がそれぞれの願いを込めて神に祈りを捧げていた。
健太と涼子は、周りの雰囲気に飲まれながらも、心から楽しんでいた。
しかし、祭りの進行と共に、次第に空気が重く感じられ、どこからともなく不気味な声が聞こえてくるようになった。
「祭りの時が来た…」
その瞬間、涼子の姿が一瞬で消えてしまった。
健太はパニックに陥り、周りの人々を見回したが、誰も彼女のことには気づいていなかった。
心臓が高鳴る中、彼は神社の奥深くへと進んでいった。
涼子を見つけなければ、彼女の魂が完全に消えてしまうのではないかという恐怖が胸を締め付けた。
神社の奥の小道へと進むと、健太は独特の霊的な気配を感じた。
薄暗い空間には、かつての参加者と思しき影が漂っていた。
彼らは一様に静かで、何かを待ち望むような眼差しを向けていた。
その中に、涼子の姿が見えた。
彼女はただ立ち尽くし、何かに呼び寄せられているようだった。
「涼子!」と叫ぶ健太。
しかし、彼女は返事をせず、ただ薄ら笑みを浮かべる。
その瞬間、健太は理解した。
この神社に現れるのは、消えた魂たちで、涼子もまたその一人になってしまったのだ。
「私は、ここに残る運命だって…」涼子の呟きは虚ろだった。
健太は絶望的な気持ちになり、彼女を連れ戻そうと必死に手を伸ばした。
「戻ろう、涼子!私たちには未来があるんだ!」
だが、涼子は彼の手をすり抜け、消えていった。
祭りの終わりを告げる鐘の音が響き渡り、周りの霊たちは次第に薄れていく。
健太はその場に崩れ落ち、彼女を失った痛みに身をよじった。
祭りが終わっても、彼は友人や家族の前で涼子のことを話すことはできなかった。
ただ、耳に残る祭りの声や、涼子の笑顔が心の中にずっと影を落としていた。
彼女の魂は、消える祭りの中で永遠に留まることになるのだと、彼は静かに認識した。