「消えゆく者たち」

夜が深まるとともに、町の外れにひっそりと佇む古びた呪詛屋敷が、薄暗い影を抱えていた。
若い大学生の田村健一は、その屋敷に関する噂を聞いていた。
地元ではこの屋敷が「下の屋敷」と呼ばれ、数十年前にひとりの女が住んでいたと言われていた。
その女は、自らを「下の者」と名乗り、いかなる悪霊も退ける力を持つと信じられていた。
しかし、やがて彼女は行方不明になり、以降、屋敷は「呪われた場所」として恐れられることとなった。

目の前の屋敷は、かつて美しかった面影を残しつつも、今は荒れ果て、周囲の木々に覆われていた。
健一は肝試しの一環として友人の高橋と佐藤を誘い、この屋敷に足を踏み入れることにした。
三人は夜の静まり返った空気の中、不安を抱えながらも意気揚々と屋敷の中へ進んだ。

「本当に何もないんじゃないの?」高橋が言うと、佐藤は無言で頷いた。
二人は恐怖心を隠すように笑いあったが、健一は胸の奥に違和感を感じていた。
その瞬間、屋敷の奥から「ギギギ」と奇妙な音が響き渡った。
三人は顔を見合わせたが、高橋は「ただの音だろ」と気にしないように言った。

しかし、健一の心には不安が募り、屋敷の壁を踏むたびに、「軋」の音が響くたびに、彼は一歩踏み出すことができずにいた。
屋敷の中は薄暗く、時折風が吹きぬける度に、何かが動いているような気配を感じさせた。
彼は恐る恐る奥へ進み、持っていた懐中電灯を向けると、壁に何かの文字が浮かび上がっているのを見つけた。
それは「下の者、消える」と読み取れた。

「なんだこれ?」健一は呟き、周囲を見回した。
しかし、いつの間にか高橋と佐藤の姿は消えてしまっていた。
彼は驚き、動揺しながら声を上げた。
「高橋、佐藤!」しかし、返事は返ってこなかった。

そのとき、彼の背後から再び「ギギギ」という音が響き、彼は振り返った。
そこに現れたのは、白い服を着た女の姿だった。
彼女の顔は虚ろで、まるで周りの空気を吸い込むかのように無表情だった。
健一は恐怖で動くことができず、まるでその場から逃げ出すことができなかった。

「あなたも、下に来るの?」女の声は冷たく響いた。
整然としたその言葉は、まるで彼の心に直接響いてくるようだった。
健一は混乱し、思わずバックするが、足元に何かが絡みつき、身動きができなくなった。

「消えなきゃならないの」と女は繰り返す。
健一はその言葉が何を意味するのか分からなかったが、何かの呪いにかけられていることを感じた。
「やめろ!離れろ!」と叫ぶが、彼では力が足りなかった。
瞬間、彼の心の奥に、何かが入り込む感覚に襲われた。

彼は自分の意識が薄れていくのを感じた。
「君も仲間になれるんだよ」と女が微笑む。
彼の思考がかき消され、体が完全に動かなくなると、彼はついにその屋敷の一部となった。

数日後、健一の行方を気にかけた家族が、彼の友人たちと共に探したが、その屋敷には彼の姿はなかった。
高橋と佐藤も消えてしまったのだ。
屋敷は再び静寂に包まれ、夜の闇に溶け込んでいくのだった。
そして、そこにはまた、新たな呪いが静かに宿っていた。

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