彼女の名は良子、56歳の主婦であり、四人の子供を育て上げた後、最近夫を亡くした。
良子は実家のある北海道の小さな村へと戻ることにした。
自然に囲まれたこの村は、彼女の故郷であり、ただの懐かしさではなく、彼女が大切に思っていた祖父の思い出が詰まった場所でもあった。
その村に着いてみると、昔とはまるで異なる様子が見えた。
周囲の景色は変わり果て、確かにその村は時間の流れを感じさせる場所だった。
しかし、良子は懐かしい思いを胸に、祖父の遺した家に足を踏み入れた。
部屋の中は薄暗く、祖父の温もりを感じさせるものは何もなく、彼女の心に寂しさが広がった。
日が沈みかけると、良子はかつてよく聞かされた祖父の語りを思い出した。
彼は、昔の村には、依り代のような存在がいると語っていたのだ。
人々が何かを求める時に、その存在が姿を現すことがあるらしい。
良子はこの話を子供たちに語ったこともあったが、今はそれがただの迷信ではないかと考えつつあった。
ある晩、良子は眠りにつこうとしていたが、窓の外から何かが飛び込んできたような音で目が覚めた。
驚いて立ち上がると、暗い部屋の中に、誰かがいる気配がした。
良子は息を呑んだ。
そこには祖父の肖像画が飾られていたが、何かしら切なさを帯びたように見えた。
「おばあちゃん、私のところに来て……」
その声は、まるで人間のものではなく、どこか懐かしい響きがあった。
誰かが呼んでいる。
この声は良子の心に突き刺さり、思わず胸が締め付けられる思いがした。
寝室を出てみると、祖父の生前の部屋から声が響いていた。
声に導かれるように歩み寄ると、目の前には微かな光が見えた。
その光は、まるで祖父が生前に良子に何かを伝えようとしているかのようだった。
良子は今にも泣きそうになりながら、その光に向かって手を伸ばした。
「ああ、良子、私を感じているか?」
その瞬間、良子の目の前で光が突如としてわき起こり、目の前に祖父の姿が現れた。
長い髭をたくわえた彼は、まるで現実であるかのようにそこに立っていた。
しかし、眉間には深いシワが刻まれ、何かを訴えるかのように見つめていた。
「おじいちゃん、どうしたの?どうしてここに?」
良子は混乱しながらも問いかけた。
祖父はゆっくりと口を開いた。
「良子、私がここにいるのは、お前が私の存在を必要としているからだ。だが、私には言わなければならないことがある。お前の心の中にある思いを、忘れないでほしい。」
祖父の語りは続いた。
良子は彼の声を聞きながら、その内容を理解しようと必死だった。
しかし、祖父の言葉が混乱し、彼女の心は恐れに包まれていった。
自分が抱えている過去の後悔、他には何も求めていなかったはずなのに、何故か心の奥に潜む罪の意識が彼女を襲った。
「思い出せ、良子。あの時のことを、私が守っていたものを。お前自身が苦しむ姿が見えたから、ここに戻ってきた。」
それは、良子が若かりし頃に起こしたささいな事故だった。
何気ない出来事が長い間彼女の心に影を落としていた。
その場面がフラッシュバックし、涙が勝手にこぼれ落ちた。
「私は、私のことを許してほしい……」
良子の心の叫びが、この狭い部屋に響く。
祖父はただ静かに見守っていたが、次第にその姿が薄れていくのを感じた。
彼女は心の中で祖父に謝り、そして自らを許す決意をした。
祖父は微笑みながら「甘えずに生きていけ。お前の依り代は、いつでもお前を見守っているから」と、最後の言葉を残し、消えていった。
その後、良子は村の人々と共に成長し、何度も祖父を思い出しながら、彼女なりの道を歩んでいった。
祖父の存在は、彼女の心に永遠に刻まれているのだった。