彼女の名は安藤美咲。
都会の喧騒を離れ、静かな田舎町に引っ越してきたばかりだった。
自分だけの新しい生活を始めるチャンスだと、胸を躍らせていた美咲だが、村の人々は奇妙な噂を耳にした。
「この村では、真実が消える」と囁かれていた。
美咲は特に気に留めることなく、せっかくの新生活を始める。
しかし、夜になると不気味な静けさが村を包み、彼女は次第に不安を感じるようになる。
ある晩、彼女が近所の古びた神社を訪れた。
神社の鳥居をくぐると、周りの空気が急に重く感じられ、彼女は一瞬立ち止まった。
「この神社には、真実を知りたい者はいない」と、誰かの声が彼女の耳元で囁いた。
振り返ると、そこには誰もいなかった。
彼女はそれをただの気のせいだと思い、そのまま神社を後にすることにした。
しかし、その晩から、彼女の周りで奇妙な現象が次々と起こるようになった。
次の日、美咲の友人である高橋慎一から連絡が入った。
「美咲、最近変だよ。何かあった？」と心配そうに言われ、彼女はその夜の出来事を話した。
しかし、慎一は笑い飛ばした。
「お化けなんて、そんなのは信じられないよ。」その言葉に美咲は一瞬安心するが、やはり心の奥に不安が残る。
その晩、美咲は再度神社を訪れた。
今度は何か真実を掴めるかもしれないとの思いがあった。
神社の周囲には不気味な静けさが漂い、薄暗い中で彼女は一人で佇んでいた。
その瞬間、かすかな声が彼女の耳に響く。
「ここでは真実が消える…」再び同じ声だった。
美咲は恐怖を感じながらも、声の主に近づきたいと強く思った。
「誰なの…？」と叫ぶが、反応はなかった。
彼女はそのまま神社の奥へと進む。
すると、突然、目の前に現れた影が彼女に向かって手を差し伸べる。
それは、自分の姿に似た何かだった。
「真実を持って行く者」と呟くその影は、瞬時に美咲を包み込んだ。
彼女は身体が急に重くなるのを感じながらも、逃げ出すことを試みた。
しかし、身動きできないように感じ、恐怖が押し寄せる。
影は、彼女の目の前に立ち、微笑みかけた。
「あなたは、真実を消す運命なの。」
その瞬間、美咲は冥府のような場所に引きずり込まれた。
彼女の心の底で、恐ろしく鮮明な映像が流れる。
彼女は自分が何かを取り戻そうとしている様子が見えた。
去ってしまった友人との思い出、笑顔、そして彼女の心に刻まれた思い出が一つずつ消えていく。
とてつもない恐怖とともに、美咲は現実へ戻ろうと必死に叫んだ。
「お願い、思い出を消さないで！」影は美咲の悲鳴を聞きつつ、徐々に姿を消していく。
「真実を忘れろ。消えゆく運命だ。」
美咲はもう一度だけ、慎一の名前を叫んだ。
「慎一！」彼女は心の奥で、彼が消えゆくことを望んでいなかった。
しかしその瞬間、彼女の周りの暗闇がもろく崩れ、彼女は激しい痛みと共に目を覚ます。
目を開けると、美咲は自宅のベッドにいた。
身の回りの物は何事もなかったように整頓されている。
しかし、同時に心にぽっかりと穴が開いたような感覚があった。
あれから数日、彼女は慎一と連絡を取ったり、訪れたりしたが、彼からの反応はことごとく冷たくなっていた。
「美咲、最近何か変だよ。」慎一の言葉が、彼女の心に突き刺さる。
彼女は、現実から逃れてしまった自分を理解し始めた。
すべての真実が消え、彼女自身もまた、誰も知らない存在になってしまったのだ。
