唇をかんで、彼女は静かな夜道を歩いていた。
時刻は深夜を過ぎ、あたりは静まり返っている。
通りに並ぶ街灯の明かりが、薄暗い街の一角をほんのりと照らしていたが、その光もどこか不安定な感じがした。
美紀は一人で帰る途中、不意に足を止めた。
遠くから、かすかな声が聞こえたのだ。
最初は風の音かと思い、気にせず歩き続けたが、声は次第に近づいてくる。
何かしらの呼び声が耳に入った。
「美紀、助けて…」その声は、彼女の名前をはっきりと呼ぶ whisper だった。
恐怖と好奇心が入り混ざり、美紀は振り返った。
そこには誰もいない。
しかし、彼女の目は光が瞬いた方向へ引き寄せられた。
街灯の下に立つ一人の女性が見えた。
顔は見えないが、彼女がやけに青白く、無表情で立っていることには変わりがなかった。
美紀は心臓が早鐘のように鳴り響いた。
光の先、女性はゆっくりと手を伸ばしてきた。
「美紀…」再びその声が響く。
美紀はその時、何か得体の知れない恐怖を感じた。
彼女は無意識に後退り、恐怖に震えながらその場を離れることにした。
しかし、足はまるで動かない。
どうにもならない恐怖に覆われ、身動きが取れなくなってしまった。
「逃げないで…」女性は寄ってくる。
美紀の思考は混乱し、彼女の心の中で一瞬だけ光が瞬いた。
「きっと彼女は、何か悲しい理由があって…」胸の内で声が聞こえた。
しかし、その思考はあっという間に消し去られた。
次の瞬間、女性の姿がぼやけて消えた。
いや、正確には、光を吸い込むように、徐々に消え去ったのだ。
美紀は驚き、信じられない思いでその場に立ち尽くした。
「彼女は何だったのか…」美紀はその場で息を呑んだ。
不安と恐怖に駆られ、すぐにその場を立ち去った。
自宅にたどり着くと、彼女は部屋の明かりをつけたが、心の中はまるで穏やかにならなかった。
何かが彼女を呼んでいる、光の中にいた女性の姿が離れず、ずっと心に引っかかっていた。
その晩、目を覚ますと、何かがいる気配を感じた。
部屋の中に、女性が現れたように思える。
青白い彼女の顔は、無表情で、どこか寂しそうに見えた。
「助けて…」またしても、彼女は訴えかけた。
この時、美紀は胸の奥に何かが渦巻いているのを感じた。
声の持ち主は、何か大きな理由があるのだと思った。
その理由を知ることで、何かが解決するのではないか、と思いたい気持ちが心の中をめぐる。
次第に美紀は、その女性が消えていく理由に気づく。
彼女は自分の過去の影だった。
「昔の私…」それは、心の奥底に封じ込めた思い出の一部。
その気持ちが消えることなく、忘れられずにいたのだ。
青白い光が彼女の心を掻き乱すように感じられた。
美紀は自らの気持ちに向き合い、青白い女性の姿を思い浮かべながら静かに呟いた。
「私も消えそうになっている…でも、あなたに助けられるわけにはいかないの。」彼女の言葉は、どこか立ち上がらせる力を持っていた。
光を伴う声は消え、「そんなことじゃダメだよ。」という囁きが彼女の心の中に響いた。
それは確かに自分自身の声だった。
封じ込めていた感情が蘇る。
美紀はようやく、自らの心と向き合うことを決意した。
青白い女性はやがて再び姿を現し、「あなたは強いね…」と微笑み、次第に消え去る。
その瞬間、美紀の心の重荷が少し軽くなった。
過去を認めることで、彼女は自由になっていくのを感じた。
安堵と共に、彼女は眠りに落ちた。
美紀の心の中の光は、今まで闇に覆われていたものとは違い、自らを照らす光として輝いていた。
過去を背負いながらも、生きていく決意を内に秘めて。
彼女は再び、未来の光を求める旅を始めるのだ。