「消えゆく宿の子供たち」

たまに訪れる、小さな田舎の町にある古びた民宿。
そこでは、最近、観光客の間で「消失の宿」として噂になっていた。
宿泊客が突然姿を消し、戻らないというのだ。
町の人々はその民宿には近づかないよう警告していたが、好奇心に駆られた佐藤健一は、休日にその宿を訪れることに決めた。

健一は、民宿に到着したとき、周囲の静けさと古い建物の佇まいに心を惹かれた。
管理人の老人が出迎え、温かい笑顔で彼を迎え入れた。
中に入ると、薄暗い廊下や時代を感じさせる家具が整然と並んでおり、どこか不気味さも感じられた。

夕食を済ませ、健一は部屋に戻ると、急に不安な気持ちが胸をついた。
彼は、他の宿泊客がどこにいるのかを考え、ふとその部屋から廊下へ出てみることにした。
灯りの少ない廊下を歩いていると、かすかに子供たちの笑い声が聞こえてきた。
興味を惹かれた彼は声のする方へ向かっていく。

辿り着いたのは、古い和室。
そこには、数人の子供たちが集まっており、何かを楽しげに話している。
しかし、健一が近づくと、子供たちは一瞬で笑顔を消し、無表情になって彼を見つめた。
彼は驚き、その場から逃げ出そうとしたが、子供たちの目が彼を釘付けにしたように感じ、動けなくなってしまった。

「あなたも一緒に遊ぼうよ」と一人の女の子が言った。
しかしその声には温かみがなく、まるで誰かに操られているように響いた。
彼は恐れを抱きながら、何とかその場を離れ、急いで自分の部屋に戻った。

翌朝、健一は宿の周りを探索することにした。
それは何かがおかしいと感じたからだった。
辺りは静かで、人の気配もなく、すべてが死んだように見えた。
彼は民宿の裏手にある小さな森に足を踏み入れた。
そこには朽ちた小屋があり、何かの記録があるかもしれないと思い、中に入ってみることにした。

小屋の中は薄暗く、棚に置かれた古い日記が目に留まった。
日記には、かつてこの宿に宿泊した人々の記録が載っていた。
多くの人がここで楽しい思い出を作ったが、やがて、行方不明になったという。
特に、ある家族がここに来てから、その宿に不思議な現象が続出したことが書かれていた。

「失ってしまった者たちの希望、そして消される現実」と書かれたページを見つけた健一は、恐怖が彼の心を覆った。
その陰には、かつての訪問者の想いと、消失していった者たちの怒りが込められているように思えた。
彼は急いで外に出ようとしたが、背後から感じる視線に振り向くと、先ほどの子供たちが森の入り口に立っていた。

「あなたも、失う?」彼らの言葉は、耳にジンジンと響く。
恐怖から逃げるように民宿へ帰り、早く帰る準備を始めた。
その瞬間、宿の中に響く冷やかな風が彼の体を通り抜け、辺りの温度を一層低くした。

彼は慌ててフロントに向かうと、老人はいつものようにいつも通りの笑顔を浮かべていたが、その目には冷たさがうっすらと宿っていた。
「もうこちらに戻ってきたのですか?」と声を掛けられ、健一はその言葉の重みに苦しむ。
同時に、彼の心には「帰れない」という恐ろしい予感が広がった。

民宿を出ると、背後からかすかに子供たちの声が聞こえてくる。
「あなたも一緒に遊びたい…忘れないで…。私たちを助けて…」

最後の一歩を踏み出した瞬間、健一の体は何かに引き寄せられるように感じた。
それでも何とか逃れるため、彼は全速力でそこを離れた。
振り返ると、民宿はゆっくりと視界から消えていった。
彼は二度と戻るまいと心に決めたが、その後も夜になるたびに、あの子供たちの声が耳に残り続けた。
それは、彼の心のどこかに影を落とす存在となってしまったのだった。

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