彼は本好きの大学生、洋介という名だった。
いつも図書館に篭り、古い本の中に埋もれているのが彼の日常だった。
そんなある日、洋介は大学の図書館の奥にある、普段は人が寄り付かない薄暗い部屋へと足を運んだ。
そこには、埃をかぶった古びた本が多数並んでいた。
その中で一冊、表紙がほとんど擦り切れた一冊に目が止まった。
その本にはタイトルが書かれておらず、ただ「存在について」とだけ記されていた。
興味を引かれた洋介は、その本を手に取り、隅の方の席で読み始めた。
ページをめくるたびに、彼の心に不思議な感覚が広がっていく。
まるでその本が彼の意識に直接話しかけているようだった。
本には、「消えゆく存在」というテーマが綴られており、特殊な儀式を行うことで次元を超えた存在とも交信できると書かれていた。
洋介はその部分に特に興味を持った。
「もしかしたら、自分の知らない世界を見ることができるかもしれない」と思った彼は、その儀式を試みることを決意した。
一人暮らしの自室で、洋介は本の指示に従って準備を始めた。
蝋燭を用意し、深夜の静まり返った時間に、自分の意識を集中させるための祈りの言葉を唱えた。
すると、部屋の空気が一変し、薄暗い影が彼の周りを渦巻き始めた。
驚きと共に、彼は恐怖を感じたが、同時に興奮も覚えた。
その瞬間、「時」という言葉が彼の頭の中を駆け巡る。
そんな中、「何かが呼んでいる」という声が感じられ、洋介は目の前に人影を見た。
それは浮遊するように現れた女性で、どことなく悲しい表情をしていた。
「私はサキ。消えそうな存在」と名乗るその女性は、彼に向かって手を差し出した。
洋介は一瞬戸惑ったが、その瞬間に彼女が「存在として消えてしまう運命にある」と語りかけてきたとき、彼の心は強く動かされた。
彼はサキのことをもっと知りたくなった。
「あなたは何を待っているのですか?」洋介は問いかけた。
「希望」という言葉とともに、彼女は言った。
「私の存在を消す力をもつ者を見つける必要がある」がその途中で、何かが邪魔をしているのだと。
彼女が語る度に、洋介は彼女の存在が弱まっていくのを感じた。
しかし、本の力によって時間を、未来を一時的に遡ることができ、彼女を助ける方法があるのかもしれないと思った。
洋介は決意を固め、再び本に向き直った。
サキを守るためには、自身がこの存在についてもっと学び、消えゆく運命を変えなければならない。
彼はページをめくり、儀式を続けながら、サキとの語らいを深めていった。
彼女の語る過去には様々な悲しみが含まれており、洋介は少しずつ彼女に魅了されていった。
しかし、時間が経つにつれて、彼女の影はより薄くなり、力が弱まっていくのが分かった。
「私は消えてしまう。あなたは私を救えない」とサキが呟いたとき、洋介は叫んだ。
「いや、必ず救うから!私を信じて!」
暗闇が彼を包み込もうとする中、彼の意志が働き、最後の儀式を行おうとした。
だが、目の前のサキの影がさらに薄れていく。
「お前の存在を消すのは難しい」と声の中に響いてきた。
それは別の存在が彼を脅かしてくるような感覚だった。
その瞬間、洋介の心の中で何かが音を立てて崩れた。
サキは彼に微笑みかけながら、「あなたが私の希望だった」と言ったかと思うと、彼女はその言葉のままに消え去った。
洋介は呆然とその場に立ち尽くし、ただ彼女の存在が消えたことを受け入れるしかなかった。
彼は再び本の表紙に目をやった。
しかし、そこには何も記されていなかった。
彼の目の前から「存在」が消え去ったという事実だけが残り、それが彼の心を永遠に引き裂くことになった。