夏のある晩、陽介は友人たちと共に、山の中にある神秘的な木を見に行くことにした。
その木は、伝説によれば、霊が宿る古木であり、訪れた者に様々な奇跡や不幸をもたらすと言われていた。
興味本位で訪れた彼らは、淡い期待と少しの恐れを抱きながら、木の前に辿り着いた。
その木は、周囲の木々とは明らかに異なり、どこか神々しい雰囲気を醸し出していた。
果てしなく広がる天に向かってまっすぐに伸びる幹と、濃い緑の葉が織り成す影は、何か特別な力を秘めているように見えた。
友人たちの中で一番好奇心旺盛な太一が、「ちょっと近づいてみよう」と言い出し、皆はその後を追った。
近づくにつれて、木から発せられる微かな低音が耳に届くようになった。
それはまるでどこか遠くから呼びかけるような声だった。
「来るな、来るな…」という声が、彼らの頭の中に響いた。
しかし、太一はその声を軽視し、無邪気に木に手を伸ばした。
その瞬間、彼の腕が木に触れた。
すると、太一は驚きの表情を浮かべた。
「なんだこれ…、冷たい…。」周囲が静まり返る中、友人たちはその異常さに気づいた。
しかし、太一は興奮してそのまま木に抱きついた。
すると、彼の身体が徐々に透明になっていくのを彼らは目の当たりにした。
「太一、やめろ!」仲間の一人が叫ぶと、太一の身体はさらに消えかけていった。
驚愕と恐怖に駆られた友人たちは、すぐに逃げ出そうと立ち去ろうとしたが、まるで足が地に縫い付けられているかのように動けなかった。
そして、木の周囲には彼らの恐れを増幅させるかのように高い風のうなりが響いた。
「おい、太一!」別の友人が必死に叫び、木に向かって走ろうとしたが、突然視界が白くなり、続いて黒い闇に引きずり込まれるような感覚が襲った。
目の前の景色がゆがみ、彼らは立ち尽くす。
その時、木の周りに現れたのは、清らかな霊の姿だった。
彼女の目は太一を探し続け、そして悲しげに微笑む。
その杖のように細い手が木に伸び、木の幹に寄り添う。
友人たちはその様子を見て初めて気づく。
あの声は、この霊のものだったのだ。
霊は口を開き、ささやく。
「私のところに来て…新しい命を宿して…。」その言葉は、彼らの心に重くのしかかった。
「太一を返して!」一人の友人が叫び、その言葉は霊に伝わることはなかった。
霊は、圧倒的な冷気を放ちながら、さらに木に近づき、太一の元へ導いていった。
友人たちは恐怖で体が固まり、泣き叫ぶことすらできなかった。
太一の姿が完全に消え去ると、霊は彼に微笑みかけ、両手を広げた。
「昇るのよ…私と一緒に…」
その言葉が最後まで響くと、霊とともに太一も木の内部へと消えていった。
残された友人たちは動けなくなり、ただその場所で何が起こったのかを理解できないまま呆然と立ち尽くしていた。
そして、木の周囲には静寂が戻ってきた。
月明かりだけが木々を照らし出し、友人たちが動けない間、いつの間にか夜が更けていた。
恐怖で何もできない彼らは、その場を離れることはできずにいた。
そして、ある者は「私たちも、あの白い霊に呼ばれて消えてしまうのでは?」とつぶやいた。
その言葉は、まるで冷たい風のように周囲に響き渡った。
木の下には、彼らがまだ気づいていない真実—消えた命の記憶—が静かに宿っていたのだった。