彼女の名前は真乃と言った。
真乃は山の奥深くにある、祖母から引き継いだ古い家に住んでいた。
家は静まり返っており、周囲には木々と小川のせせらぎしか聞こえない。
真乃はこの家を特に好んでいたが、最近、何かを感じることが増えた。
それは、木の間から漏れ出る光のように、不意に生まれる不気味な感覚だった。
ある晩、真乃は古い屋敷の一室で一人、祖母が生前に愛用していた古い本を読み直していた。
その中には、不思議な印が描かれたページがあった。
印はまるで古代の文字のようで、真乃は好奇心からその印を手に取ろうとした。
その瞬間、彼女の耳元でささやくような声が聞こえた。
「マノ、お前は真実に触れようとしている。」
驚いた真乃は一瞬きょろりと周囲を見回したが、誰もいなかった。
心臓がドキドキと高鳴り、背筋に寒気が走った。
しかし、彼女の中には、もっと深く知りたいという欲求が生まれた。
印が何を意味するのか、そして何が実際に起こるのか、その真実を確かめたくなった。
翌日、真乃は家の裏手にある古びた井戸に向かった。
祖母から聞いた話では、その井戸はかつて村の人々が集まり、神聖視された場所だったという。
しかし、真乃自身はそれがどのようなものか一度も見たことがなかった。
井戸の前に立つと、彼女はその印を思い出しました。
井戸の岩の上に、同じ模様が描かれていることに気づいた。
不思議に思いながらその印を触れると、急に井戸の底から冷たい空気が吹き上がった。
真乃は恐怖を感じつつも、そのまま確信を持って印に触れ続けた。
その瞬間、井戸の水面が波紋を作り、彼女の目の前に現れたのは、まるで過去と対話しているかのような場面だった。
突然、人々が集まる村の喧騒が耳に響き、真乃は自分の目の前に一人の女性が現れるのを見た。
彼女の名前は真知で、真乃の祖母の若い頃の姿だった。
真知は不安そうに周囲を見回し、何かを語ろうとしていた。
真乃は、その様子をただ見守りながら、彼女が何を訴えかけようとしているのか理解しようとした。
真知の口から語られる言葉は、彼女の声と共に真乃の心に響き渡った。
「印を触れる者は、真実を知ることができる。しかし、その真実は時に凶と出ることもあるのだ。過去の汚れたしがらみに、気を付けるがいい。マノは、決して後戻りできない。」
その言葉が真乃の心に深く刻まれ、彼女は言葉を失った。
ふと気が付くと、井戸の周囲には村人たちが集まっていたが、彼女たちの姿は淡く、ぼんやりとした霧の中に浮かんでいた。
真乃は、自分が今、真実を見つめていることを理解した。
彼女は印の力の大きさに圧倒され、同時に怖れを覚えた。
一体、何を知ることになるのか。
真乃は八方塞がりの選択を迫られる。
その瞬間、周囲が次第に薄れていき、井戸の音だけが耳に響く。
恐怖が彼女を包み込む。
再び目の前に真知が現れ、微笑んでみせた。
「生きていれば、必ず選択をすることになる。印に触れることを許し、そしてそれを受け入れるかどうかは、お前次第だ。」
真乃は心の中で葛藤を抱えつつ、目を閉じた。
彼女の耳に、過去の声が未だに響いていた。
印の重さを知り、その真実を受け入れることができる日が来るのだろうか。
真乃は、決して消えぬ印と共に、運命の選択を織り成していくのだった。