「消えた霧の小道」

狛崎町には、かつて造られたという奇妙な道が存在した。
その道は「霧の小道」と呼ばれ、霧が出ると利用者が消えてしまうという噂が広まっていた。
人々はその道を避け、いくつかの世代を経て、その存在さえも忘れ去られていった。

ある秋の夕暮れ、大学生の健太は友人の美咲とともに、この町を訪れた。
彼らは好奇心に駆られ、霧の小道の存在を確かめることに決めた。
「どうせ噂だろ? そんなの気にする必要ないよ」と健太は明るく言ったが、美咲は不安そうな表情を浮かべていた。
「でも、本当に消えるかもしれないじゃん…。」

健太は笑って彼女を安心させようとしたが、心の中にはどこか不安がひっかかっていた。
そして、霧の小道にたどり着くと、周囲の温度が急に下がるのを感じた。
空気はひんやりとしていて、周囲は薄い霧に包まれていた。
「やっぱり、ここは変だね」と美咲が呟く。

「行こうよ、ちょっとだけ」と健太は歩き始める。
美咲は何度も振り返りながらも、彼に従ってゆっくりと進んだ。
しかし、二人が進むにつれて霧は徐々に濃くなり、視界を遮るようになった。
健太は一歩ずつ慎重に進み、「大丈夫、ほら、何もないじゃん」と言ったが、その声には少しの緊張が混じっていた。

しばらく進むと、二人の周りは完全に霧に覆われ、何も見えなくなってしまった。
急に不安が募り、美咲が「健太、これやっぱり戻ろうよ!」と声を上げたその瞬間、健太の姿がふっと消えてしまった。
彼は突然のことに驚き、すぐに美咲の名前を叫んだが、彼女の声が耳に入らない。

その時、美咲の目の前に霧が渦巻き、彼女はその中に吸い込まれるように感じた。
「健太!どこに行ったの!」叫びながらも、彼女は元の場所を見失っていた。
恐怖が押し寄せ、彼女の心拍数が上がる中、周囲はさらに静寂に包まれた。

ふと目の前に現れたのは、見知らぬ少女だった。
その少女は透き通るような肌を持ち、どこか儚げな表情をしていた。
「あなたも消えてしまうの?」少女は静かに問いかけてきた。
美咲はその問いに混乱しながらも、「私は消えたわけじゃない!健太を探しているの!」と叫んだ。

すると、少女は優しく微笑み、「この小道は別の場所へと続いているの。気がつかないうちに、時の流れが変わってしまうことがあるのよ。」と言った。
美咲は驚きながらも、理解できないまま少女の後を追った。
周囲の霧は薄れ、再び歩き始めると、道はどんどん変わっていくように思えた。

「健太、どこにいるの!」彼女の声は霧に吸い込まれていく。
当初の厚い霧が晴れていく中、視界の向こうから一筋の光が見えた。
美咲はその明かりに希望を抱いて走り出した。

しかし、雲行きが変わり、また霧が舞い戻った。
彼女の周囲は再び薄暗く、不安が彼女の心を覆い尽くしていく。
「私が、私が消えるの?」混乱の中で彼女は自らに問いかけるが、その返答は得られない。

「さよなら」と小声で囁くように、少女の影が再び霧の中に消えていった。
美咲は健太との思い出を思い起こす中、別れの瞬間が息づくように心に残った。
その瞬間、またもや「健太!」と叫ぶが、何も応じるものはいなかった。

やがてすべての霧が引いていくと、美咲は見知らぬ景色の中に立たされていた。
周りにはただの静寂があり、健太の姿は見えなかった。
彼女はその場所に自らを置き去りにされ、永遠にも続くかのような霧の中にいる自分を強く実感した。

「別の場所へ、別の時間に…」無情な現実が彼女の心を締め付け、彼女もまたその道の一部になってしまったのだと悟った。
彼女は静かに消え、ただ霧に包まれた小道だけが残された。

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