遊園地には、忘れ去られたアトラクションがあった。
その名も「束の間の楽しみ」。
若い頃によく遊びに行った人々の記憶の中では、まだ輝くような思い出が詰まったアトラクションだった。
しかし、少子化や経済の影響により、次第にその姿は忘れ去られていった。
園内には、色とりどりの風船や子供たちの元気な笑い声が響いているものの、「束の間の楽しみ」はもう長い間、稼働していなかった。
だが、いろいろな噂が立つようになった。
夜遅くにその場所に近づくと、誰もいないはずの遊園地の奥から、不思議な声が聞こえ、光が見えるというのだ。
ある日のこと、大学生の健二は友人の敦子と一緒に、遊園地に肝試しに行くことにした。
彼らは、夜の遊園地を徘徊することで、その噂が本当かどうか確かめるつもりだった。
「束の間の楽しみ」の前に立つと、2人は不思議な感覚を覚えた。
アトラクションの外観は劣化し、錆びた鉄の柱が何本も立っていたが、まるでそこだけ時間が止まっているかのようだった。
周囲の音が消え、静寂が二人を包み込む。
彼らは好奇心に駆られ、中に入ることにした。
中は薄暗く、埃が舞っている。
健二と敦子は、その空間に足を踏み入れると、急にアトラクションが作動し始めた。
カラクリの音と共に、光が点滅し、過去に戻ったような錯覚を覚えた。
「これ、冗談みたいだな」と健二が言った瞬間、敦子の目が虚ろになり、彼女はその場から動けなくなった。
「敦子、どうした?」と健二は声をかけたが、彼女は何も返事をせず、ただアトラクションの中を見つめていた。
そこには、まるで人々の楽しそうな姿が幻影として映し出されていた。
笑い声や歓声が場内に響き渡る。
しかし、その光景は徐々に変わっていき、顔を歪めた人々が無表情になると、最後にはおぞましい悲鳴が響いた。
「やめろ、離れろ!」健二は敦子を引っ張ろうとしたが、彼女はまるで別の世界に引き込まれたように、動こうとしなかった。
間もなく、彼女の身体から白い煙が立ち上り、彼女の声が聞こえた。
「ずっとここにいたい……」それが彼女の最初の、しかし最後の願いだった。
慌てて健二は敦子を引き離そうとしたが、次の瞬間、彼もまた不思議な力に導かれ始めた。
目の前には、かつての遊園地で笑顔を浮かべる自分たちが映し出される。
まるで「束の間の楽しみ」に取り込まれるように、彼は過去の記憶に囚われてしまった。
次第に、彼の心の中から現在の感覚が消え、無限の楽しみに酔いしれる世界が広がっていた。
その後、遊園地は閉鎖となり、「束の間の楽しみ」の存在は忘れ去られることになった。
しかし、時折、近くを通る人々は、今もなおあのアトラクションから響く楽しげな笑い声や、悲鳴を耳にすることがあるという。
数年後、遊園地は更地となり、そこには何も残っていなくなった。
しかし、健二と敦子の行方は今もって不明のままだ。
彼らはあのアトラクションの中で、「束の間の楽しみ」を永遠に追い求めているのだろう。
彼らの名は、もう誰も覚えてはいない。