青い海に囲まれた小さな島、名を八雲島という。
その島には人々が敬う古い伝説があった。
島の南側には「消えた足たちの浜」と呼ばれる、神秘的で不気味な砂浜が広がっていた。
この浜では、時折、島の住民が持ち寄った様々な物が不思議と消えてしまうという。
島に住む若者、健太は友人の裕子と一緒に浜辺で遊ぶことを決めた。
裕子は島に住む祖母から語られた「消えた足たちの浜」の話を思い出し、少し不安な気持ちを抱いていた。
しかし、健太は好奇心旺盛で「面白いことがあるかもしれない」と言って、二人は浜に向かった。
浜辺は静かで、波の音が心地よく響いていた。
彼らは波打ち際で遊び、楽しんでいるうちに、段々と日が傾いてきた。
裕子は「もう帰ろうよ」と言ったが、健太はしばらくそこで遊び続けることにした。
その瞬間、大きな波が押し寄せ、裕子は足を水に浸した。
彼女はその瞬間、足元がひんやりとしていることに気づく。
「冷たい…」と呟く裕子。
だが健太はそんな彼女を気にもせず、まだ遊びたがっていた。
その後、夕日が水平線に沈むと、不気味な静けさが浜を包み込んだ。
突然、健太は砂浜から何かが引きずられる音を聞いた。
「裕子、聞こえた?」と振り向くと、彼女は驚いた表情をしていた。
「何かいるの?」二人は少し不安になり、浜辺を探し始めた。
すると、沖の方から、まるで幽霊のような人影が近づいてくるのが見えた。
それはゆっくりとした動きで、二人の方へ向かってきた。
健太は思わず裕子を引き寄せ、背後に隠れた。
影が近づくにつれ、その正体が分かってきた。
古びた衣服を纏った女性だったが、その足は砂の中に埋もれ、まるで消えかけているように見えた。
「私の足を返して…」彼女はそう呟きながら近づいてくる。
裕子は恐怖で震え上がり、思わず後ずさった。
健太も恐怖心で言葉を失ってしまった。
女性の口元は不気味に笑っていたが、その目は悲しみに満ちていた。
彼女は力なく、二人に近づき続ける。
「消えた足たちの浜」と呼ばれる伝説は、実はこの女性が足を失った原因だということを、裕子は思い出した。
彼女の探し続けているのは、失った足だけではなく、愛した人々との繋がりだった。
彼女の存在は、浜に取り囲まれた不幸な魂の象徴だった。
その瞬間、波が再び押し寄せ、砂浜は激しく揺れた。
裕子は恐れに満ちた目を向け、健太は立ち尽くしたままだった。
彼らは足元の砂が動き出し、何かが彼らを引き寄せているのを感じた。
逃げようとするが、重力に逆らえずにその場から動けなくなってしまう。
「私の足を返して…私を忘れないで…」女性は再び声を上げた。
裕子は恐ろしさを感じながらも、彼女の瞳の奥に一瞬だけ見える弱さを見た。
彼女は助けを求めているのだ。
裕子は心の中で決意した。
「私たちには、彼女の足を返すことはできないかもしれないけれど、心だけでも救おう。」
「あなたのこと、忘れないよ」と裕子は声を震わせながら言った。
その瞬間、女性の目が驚きで大きく見開かれ、消えた足たちが砂の中から現れ始めた。
そして、女性は笑顔を浮かべながらその場からゆっくりと姿を消していった。
波が引いた後、浜辺には静寂が戻った。
健太と裕子は震える心を抱えながら、夕日の残光の中を島へと戻っていった。
しかし、島の者たちが集う場所では、「消えた足たちの浜」の伝説は今も語り継がれ、平和のシンボルとして残り続けることになるのだった。